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—エニシ—  作者: 酢橘
第1章

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第十三話 街の人たち

第十三話 街の人たち


パリーたちが旅に出てから三日が過ぎた。


孤児院は相変わらず賑やかだった。


「待ちなさーい!」


「やだー!」


庭を駆け回る子供たちを見ながら、カルマは苦笑する。


パリーとシャナイがいなくなれば少し静かになるかと思っていた。


どうやらそんなことはないらしい。


むしろ元気が有り余っているように見える。


「カルマさん」


声を掛けられ振り返る。


オーファが洗濯籠を抱えて立っていた。


「今日は町へ行かれますか?」


「買い物ですか?」


「はい」


オーファは小さく頷いた。


「糸と野菜と、それから子供たちのノートをお願いしたいんです」


「分かりました」


カルマは差し出されたメモを受け取る。


「ついでに少し町も見てきます」


「ふふ、いってらっしゃい」


カルマは手を振り返し、孤児院を後にした。


◇


町へ続く道を歩く。


春の風が心地いい。


この世界へ来たばかりの頃は、どこを見ても知らない景色だった。


けれど最近は違う。


見覚えのある家がある。


見覚えのある店がある。


そして、見覚えのある顔も。


町の入り口近くで畑仕事をしていた男性が手を上げた。


カルマも軽く会釈を返す。


名前は知らない。


だが顔は知っている。


向こうも同じだろう。


そんな相手が町にはまだたくさんいた。


最初に向かったのは布屋だった。


店先には色鮮やかな布が並び、風に揺れている。


「こんにちは」


声を掛けると、店の奥から女性が顔を出した。


「あら、孤児院のお兄さんじゃないかい」


やはり顔は覚えられているらしい。


「こんにちは。オーファさんのお使いです」


「ああ、糸だね」


女性は慣れた手つきで商品を取り出した。


代金を支払う間にも、最近の子供たちの話になる。


誰がよく食べるだとか。


誰が木登りばかりしているだとか。


他愛もない話だった。


だが不思議と楽しい。


帰ろうとして、カルマはふと足を止めた。


「そういえば」


「ん?」


「何度か来てるのに、お名前を聞いてませんでした」


女性は目を丸くしたあと、くすりと笑った。


「あら、本当だね」


「俺はイトナミ・カルマです」


「私はリサだよ」


その瞬間。


一枚の紙が手の中に現れる。


リサ


布屋


見慣れた文字。


カルマは誰にも見られないよう懐へしまった。


「また来ます」


「いつでもおいで」


店を出る。


懐に入った紙の感触が少しだけ嬉しかった。


◇


次に向かったのは八百屋だった。


店先には野菜が山のように積まれている。


「おう、孤児院の兄ちゃん」


大柄な店主が声を掛けてきた。


「今日は野菜を頼まれてきました」


「待ってろ」


店主は手際よく野菜を袋へ詰めていく。


その間も話は続いた。


今年の天候のこと。


収穫のこと。


最近、町へ来た行商人のこと。


カルマは相槌を打ちながら耳を傾ける。


知らない話ばかりだった。


この町で生きてきた人だからこそ知っている話。


そういう話を聞くのは好きだった。


会計を終えたところでカルマは言った。


「そうだ。お名前を聞いてもいいですか?」


「ん?」


店主が少し驚いた顔をする。


「ガンツだ」


「カルマです」


二人は軽く笑い合った。


また紙が現れる。


ガンツ


八百屋


カルマは懐へしまう。


まず名前。


名前を知らないと始まらない。


相手のことを知るのも。


相手に自分を知ってもらうのも。


名前がなければ始まらない。


だから覚える。


それはカルマにとって、ごく自然なことだった。


◇


最後は雑貨屋だった。


店内には文房具や生活用品が並んでいる。


「こんにちは」


「いらっしゃい」


穏やかな老人が迎えてくれた。


頼まれていたノートを受け取り、代金を支払う。


少し世間話をしたあと、カルマはいつものように尋ねた。


「そういえば、お名前を聞いてもいいですか?」


老人は笑った。


「ドーマじゃ」


「カルマです」


紙がまた一枚増える。


店を出ようとして、カルマは懐から紙を取り出した。


リサ。


ガンツ。


ドーマ。


今日だけで三人。


並んだ文字を眺めていると、自然と笑みが浮かぶ。


「本当に名刺みたいだな」


もちろん少し違う。


けれど名前と役割が書かれたその紙は、どうしてもそう見えてしまう。


その時だった。


「あれ?」


ドーマが首を傾げた。


「どうしました?」


「鍵が見当たらんのう」


机の上を見る。


引き出しを開ける。


棚の下を覗く。


だが見つからない。


「さっきまであったんじゃが」


カルマも探し始めた。


それほど広い店ではない。


すぐ見つかりそうなものだった。


だが見当たらない。


その時。


懐の紙がふわりと熱を持った。


カルマは手を止める。


紙を取り出す。


そこに書かれていたのは。


パリー・ポーター


探し人


淡い光が文字を包んでいた。


「……?」


理由は分からない。


だが、不思議と視線が店の奥へ向いた。


積まれた箱。


その陰。


導かれるように歩く。


手を伸ばす。


指先に金属の感触が触れた。


「あった」


小さな鍵だった。


「おお!」


ドーマが目を丸くする。


「助かったぞ」


「見つかって良かったです」


鍵を渡す。


老人は何度も礼を言った。


カルマも笑って応える。


だが頭の片隅には別の疑問が残っていた。


紙が光った。


偶然だろうか。


それとも。


考えてみても答えは出ない。


カルマは紙を懐へ戻した。


◇


孤児院への帰り道。


夕日が町を橙色に染めていた。


買い物袋を抱えて歩く。


すれ違う人が手を振る。


カルマも振り返す。


今日知った名前を思い出す。


リサ。


ガンツ。


ドーマ。


朝までは知らなかった名前だ。


けれど今は違う。


名前を知れば、その人はただの誰かじゃなくなる。


カルマは小さく笑った。


少しずつ。


本当に少しずつだが。


この町や人が日常に溶け込んでる。


そんな気がしていた。

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