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—エニシ—  作者: 酢橘
第1巻

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第十三話 街の人たち

第十三話 街の人たち


パリーたちが旅に出てから三日が過ぎた。


孤児院は相変わらず賑やかだった。


「待ちなさーい!」


「やだー!」


庭を駆け回る子供たちを見ながら、カルマは苦笑する。


パリーとシャナイがいなくなれば少し静かになるかと思っていた。


どうやらそんなことはないらしい。


むしろ元気が有り余っているように見える。


「カルマさん」


声を掛けられ振り返る。


オーファが洗濯籠を抱えて立っていた。


「今日は町へ行かれますか?」


「買い物ですか?」


「はい」


オーファは小さく頷いた。


「糸と野菜と、それから子供たちのノートをお願いしたいんです」


「分かりました」


カルマは差し出されたメモを受け取る。


「ついでに少し町も見てきます」


「ふふ、いってらっしゃい」


カルマは手を振り返し、孤児院を後にした。



町へ続く道を歩く。


春の風が心地いい。


この世界へ来たばかりの頃は、どこを見ても知らない景色だった。


けれど最近は違う。


見覚えのある家がある。


見覚えのある店がある。


そして、見覚えのある顔も。


町の入り口近くで畑仕事をしていた男性が手を上げた。


カルマも軽く会釈を返す。


名前は知らない。


だが顔は知っている。


向こうも同じだろう。


そんな相手が町にはまだたくさんいた。


最初に向かったのは布屋だった。


店先には色鮮やかな布が並び、風に揺れている。


「こんにちは」


声を掛けると、店の奥から女性が顔を出した。


「あら、孤児院のお兄さんじゃないかい」


やはり顔は覚えられているらしい。


「こんにちは。オーファさんのお使いです」


「ああ、糸だね」


女性は慣れた手つきで商品を取り出した。


代金を支払う間にも、最近の子供たちの話になる。


誰がよく食べるだとか。


誰が木登りばかりしているだとか。


他愛もない話だった。


だが不思議と楽しい。


帰ろうとして、カルマはふと足を止めた。


「そういえば」


「ん?」


「何度か来てるのに、お名前を聞いてませんでした」


女性は目を丸くしたあと、くすりと笑った。


「あら、本当だね」


「俺はイトナミ・カルマです」


「私はリサだよ」


その瞬間。


一枚の紙が手の中に現れる。


リサ


布屋


見慣れた文字。


カルマは誰にも見られないよう懐へしまった。


「また来ます」


「いつでもおいで」


店を出る。


懐に入った紙の感触が少しだけ嬉しかった。



次に向かったのは八百屋だった。


店先には野菜が山のように積まれている。


「おう、孤児院の兄ちゃん」


大柄な店主が声を掛けてきた。


「今日は野菜を頼まれてきました」


「待ってろ」


店主は手際よく野菜を袋へ詰めていく。


その間も話は続いた。


今年の天候のこと。


収穫のこと。


最近、町へ来た行商人のこと。


カルマは相槌を打ちながら耳を傾ける。


知らない話ばかりだった。


この町で生きてきた人だからこそ知っている話。


そういう話を聞くのは好きだった。


会計を終えたところでカルマは言った。


「そうだ。お名前を聞いてもいいですか?」


「ん?」


店主が少し驚いた顔をする。


「ガンツだ」


「カルマです」


二人は軽く笑い合った。


また紙が現れる。


ガンツ


八百屋


カルマは懐へしまう。


まず名前。


名前を知らないと始まらない。


相手のことを知るのも。


相手に自分を知ってもらうのも。


名前がなければ始まらない。


だから覚える。


それはカルマにとって、ごく自然なことだった。



最後は雑貨屋だった。


店内には文房具や生活用品が並んでいる。


「こんにちは」


「いらっしゃい」


穏やかな老人が迎えてくれた。


頼まれていたノートを受け取り、代金を支払う。


少し世間話をしたあと、カルマはいつものように尋ねた。


「そういえば、お名前を聞いてもいいですか?」


老人は笑った。


「ドーマじゃ」


「カルマです」


紙がまた一枚増える。


店を出ようとして、カルマは懐から紙を取り出した。


リサ。


ガンツ。


ドーマ。


今日だけで三人。


並んだ文字を眺めていると、自然と笑みが浮かぶ。


「本当に名刺みたいだな」


もちろん少し違う。


けれど名前と役割が書かれたその紙は、どうしてもそう見えてしまう。


その時だった。


「あれ?」


ドーマが首を傾げた。


「どうしました?」


「鍵が見当たらんのう」


机の上を見る。


引き出しを開ける。


棚の下を覗く。


だが見つからない。


「さっきまであったんじゃが」


カルマも探し始めた。


それほど広い店ではない。


すぐ見つかりそうなものだった。


だが見当たらない。


その時。


懐の紙がふわりと熱を持った。


カルマは手を止める。


紙を取り出す。


そこに書かれていたのは。


パリー・ポーター


探し人


淡い光が文字を包んでいた。


「……?」


理由は分からない。


だが、不思議と視線が店の奥へ向いた。


積まれた箱。


その陰。


導かれるように歩く。


手を伸ばす。


指先に金属の感触が触れた。


「あった」


小さな鍵だった。


「おお!」


ドーマが目を丸くする。


「助かったぞ」


「見つかって良かったです」


鍵を渡す。


老人は何度も礼を言った。


カルマも笑って応える。


だが頭の片隅には別の疑問が残っていた。


紙が光った。


偶然だろうか。


それとも。


考えてみても答えは出ない。


カルマは紙を懐へ戻した。



孤児院への帰り道。


夕日が町を橙色に染めていた。


買い物袋を抱えて歩く。


すれ違う人が手を振る。


カルマも振り返す。


今日知った名前を思い出す。


リサ。


ガンツ。


ドーマ。


朝までは知らなかった名前だ。


けれど今は違う。


名前を知れば、その人はただの誰かじゃなくなる。


カルマは小さく笑った。


少しずつ。


本当に少しずつだが。


この町や人が日常に溶け込んでる。


そんな気がしていた。

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