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—エニシ—  作者: 酢橘
第1巻

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第十二話 続く道

第十二話 続く道


町を出てからしばらく。


パリーは何度目か分からないくらい鞄を確認していた。


手紙はある。


ちゃんとある。


それを確認して。


鞄を閉じる。


数分後。


また開く。


「なくなるのか?」


前を歩くシャナイが聞いた。


「え?」


「その調子だと手紙が逃げそうだ」


「逃げません……」


「なら大丈夫だろ」


その通りだった。


パリーは少しだけ恥ずかしくなり、鞄を閉じる。


しばらく歩く。


街道の両側には木々が並んでいた。


見慣れない景色。


見慣れない道。


町の外へ出ること自体がほとんどなかったパリーには、それだけで新鮮だった。


「……よく道覚えてますね」


ふと口にする。


シャナイは前を向いたまま答えた。


「色んな街に行ったからな」


「旅が好きなんですか?」


少しだけ。


間が空いた。


風が吹く。


草が揺れる。


「どうだろうな」


シャナイは空を見上げた。


「昔はそうするしかなかった」


「そうするしか……?」


「昔の話だ」


それ以上は話さなかった。


パリーも深く聞かなかった。


聞いてはいけない気がした。


しばらく歩く。


鳥の鳴き声が聞こえる。


空は高かった。


「疲れたか?」


「だ、大丈夫です」


即答した。


その瞬間。


足が石に引っかかった。


ぐらりと体が傾く。


「あ」


転ぶ。


そう思った。


だが。


後ろ襟を掴まれた。


「危ないな」


シャナイだった。


「す、すみません……」


「大丈夫か?」


「はい……」


全然大丈夫そうじゃなかった。


シャナイは少しだけ笑う。


「休むか」


「まだ歩けます」


「俺が休みたい」


「え?」


「疲れた」


どう見ても嘘だった。


けれど。


パリーは何も言わなかった。


少しだけ嬉しかったからだ。


二人は木陰へ腰を下ろす。


風が気持ちいい。


しばらく無言だった。


こうして何もしない時間も、パリーには新鮮だった。


町にいた頃は。


何かを探しているか。


何かを避けているか。


そんな時間ばかりだったからだ。


「そういえば」


パリーは思い出したように言った。


「手品ってどこで覚えたんですか?」


「ああ」


シャナイは少し考える。


「昔会った爺さんだな」


「師匠ですか?」


「どうだろうな」


少し笑う。


「変な爺さんだった」


「変な人だったんですか?」


「変だったな」


即答だった。


パリーは少し笑った。


「何を教わったんですか?」


「さあな」


「さあな?」


「手先が器用なら別のことに使えとは言われた」


「別のこと?」


「俺もよく分からなかった」


シャナイは空を見上げる。


「今でも分かってないかもしれん」


そう言って笑った。


パリーは首を傾げた。


意味は分からなかった。


けれど。


その爺さんがシャナイにとって大事な人だったことだけは分かった。


休憩を終える。


再び街道を歩き始める。


日が傾き始めていた。


パリーは周囲を見回す。


町は見えない。


建物もない。


あるのは街道と森だけ。


「今日はどこまで行くんですか?」


「もう終わりだ」


「え?」


思わず立ち止まる。


「終わり?」


「今日はな」


シャナイは荷物を下ろした。


「ここで寝る」


パリーは周囲を見回した。


やはり何もない。


宿もない。


家もない。


本当に何もない。


「ここで……?」


「ここで」


「野宿ですか?」


「野宿だ」


当たり前のように言われた。


パリーは言葉を失う。


野宿なんてしたことがない。


そもそも考えたこともなかった。


シャナイは慣れた様子で周囲の枝を拾い始める。


「立ってても火は起きないぞ」


「は、はい!」


慌てて手伝う。


枝を集める。


石を運ぶ。


言われた通りに動く。


それだけで精一杯だった。


やがて。


小さな火が灯る。


ぱちぱちと音を立てる炎を見ながら、パリーはようやく息を吐いた。


「思ったより大変ですね……」


「まだ一日目だぞ」


シャナイは笑った。


パリーは絶望した。


まだ一日目。


つまり。


これが何日も続くということだ。


「届けるって大変なんですね……」


思わず本音が漏れる。


シャナイは炎を見つめながら言った。


「だから価値があるんだろ」


パリーはその言葉を聞いて。


そっと鞄へ視線を向けた。


中にはミーナの手紙がある。


まだ始まったばかりだ。


けれど。


ここまで来た以上、もう引き返すつもりはなかった。


夜空には星が浮かび始めていた。


旅の一日目が終わろうとしていた。

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