第8話:ランクアップと、忍び寄る影
朝の冷気が、新しくなったジャージの表面を滑っていく。
カイトは、村人たちによる涙ながらの送り出しを背に、再び「風走」を起動させた。
足元に渦巻く微かな風が、身体を羽のように軽くする。身体強化と組み合わせれば、街道を走る馬車を追い抜くことなど造作もなかった。
「……速いな。これなら長距離の移動も苦にならない。魔法を買い取るだけの価値はあった」
カイトは、自身の腰に巻かれた革袋の重さを確かめる。
村で得た銀貨は装備のアップグレードにほとんど使い切ってしまったが、ギルドにはまだ「マッド・センチピード討伐」の正式な報酬である銀貨15枚が待っている。
街の巨大な門をくぐり、カイトは真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。
扉を開けると、前回の騒動を覚えている冒険者たちが一瞬だけ静まり返る。
だが、その視線は恐怖から「値踏み」へと変わっていた。
「おい、マッド・センチピードの依頼を完了したってのは本当か?」
「あの格好でかよ……。まぐれじゃねえのか?」
カイトはそれらを無視し、受付カウンターへと歩み寄った。
「依頼の完了報告だ。……これがあれば十分だろう」
カイトがカウンターに置いたのは、大百足の最も硬い頭部の殻の一部だった。
受付嬢はそれを手に取ると、驚きで目を見開く。
「……間違いありません。マッド・センチピードの討伐、確認いたしました。カイト様、素晴らしい手際です!」
【検知:受付嬢からの純粋な「感銘」:+15 pt】
「報酬の銀貨15枚です。それから……村を救った功績を鑑み、ギルドカードを更新させていただきます。カイト様、貴方を本日付で『Eランク』から『Dランク』へと昇級といたします」
手渡された新しいカードには、はっきりと『D』の文字が刻まれていた。
新人が一度の依頼でランクを上げるのは異例であり、周囲の冒険者たちの間にざわめきが広がる。
カイトは銀貨を流れるような動作でポケットに収めた。
【検知:銀貨15枚を獲得】
【対価の支払いが可能です】
「……よし。これでようやく、ある程度の『軍資金』が確保できたな」
カイトがギルドを出ようとしたその時、背後から鋭い「殺気」が突き刺さった。
それは、路地裏のならず者や、先日の大男とは比べ物にならないほど冷たく、練り上げられたものだった。
【検知:対象からの強い「敵意」「調査欲」:+60 evil】
「おっと……。ポイントが貯まるのは嬉しいが、少しばかり面倒なのが食いついたか」
カイトが振り返ると、そこには豪華な装飾が施された鎧を纏い、腰に大剣を下げた数人の男女が立っていた。
中央に立つのは、燃えるような赤い髪をした女剣士だ。その瞳は、カイトのジャージを不快そうに見据えている。
「貴方が、村を救ったという『ジャージの男』ね」
「……だったら、何か用か?」
「私はBランクパーティー『轟雷の牙』のリーダー、シルヴィアよ。……忠告に来てあげたの。新人がまぐれで大金星を挙げて、いきなりDランクに上がるのは、この業界じゃ死亡フラグなのよ」
シルヴィアは一歩踏み出し、カイトの胸元を指さした。
「貴方のその装備、一見すると安物だけど、魔導具の匂いがするわ。……どこで手に入れたのかしら? 弱すぎる冒険者が過ぎた力を持つのは、周囲の『悪意』を招くだけよ」
【検知:シルヴィアの部下からの「略奪欲」:+40 evil】
【リソース:悪意エネルギーが「中規模」に到達しました】
「……親切な忠告をどうも。だが、あいにく俺は、その『悪意』を燃料にして動いてるんでね」
カイトは薄く笑い、彼女の指を軽く払った。
シルヴィアの顔に怒りの色が走る。
「……生意気な。今のうちに、その鼻っ柱を折っておいた方が身のためかしら?」
「やめておけよ。あんたが俺を本気で『嫌い』になればなるほど、俺はあんたの手には負えなくなる」
カイトは、ギルド中の視線が集まる中で悠然と背を向けた。
今、ここで「轟雷の牙」とやり合っても、得られるのは端金の「悪意ポイント」だけだ。
そんなことよりも、カイトには優先すべきことがあった。
「(銀貨15枚……。これで生活水準を上げるか、それとも次の魔法のための『触媒』を創るか……)」
カイトの脳内には、すでに次なる「投資先」の候補が並んでいた。
自分を監視する視線が背中に刺さり続ける中、カイトは軽快な足取りで街の雑踏へと消えていった。
【現在蓄積リソース:45 pt(感謝) / 100 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 17枚】




