第6話:出血の対価と、断罪の杭
脇腹の傷が焼けるように熱い。
ジャージを「リペア」で修復したことで、強引に傷口を圧迫してはいるが、動くたびに内側から熱い血が溢れ出し、紺色の布地を黒く染めていく。
カイトは荒い呼吸を整えながら、目前で砂煙を上げる大百足を見据えた。
「……ハァ、ハァ……。やっぱり、ナマの身体で巨大生物とやり合うのは、計算が狂うな」
カイトの視界には、絶望した村人たちから立ち上る、どす黒い赤い光が満ちていた。
自分たちを助けに来た「ジャージの男」が返り討ちに遭い、血を流して跪いている。
その光景が、村人たちのわずかな希望を「最大級の恐怖」へと塗り替え、リソースを爆発させていた。
【検知:周囲の「絶望」が臨界点を突破:+300 evil】
【リソース:悪意エネルギーが「極大」に到達しました。一時的な創造が可能です】
「……十分だ。これだけあれば、お前を貫くのに『お釣り』が来るぜ」
大百足が勝機を悟ったように、鎌のような脚を突き立てて最後の大突進を仕掛けてくる。
大地が揺れ、巨大な顎がカイトの頭部を粉砕せんと迫る。
カイトは逃げなかった。
今の彼にあるのは、習得済みの「身体強化」のみ。
残されたわずかな魔力を絞り出し、カイトは全神経をその脚に集中させた。
「身体強化――フルパワー!」
カイトは迫りくる魔物の顎を、紙一重の転回で回避した。
横っ腹を抜けていく風圧が、傷口を鋭く刺激する。
激痛で意識が飛びそうになるのを、カイトは奥歯を噛み締めて繋ぎ止めた。
そして、魔物が通り過ぎる瞬間の無防備な腹部の下へ、泥にまみれながら潜り込む。
「今まで貯まった俺への『恨み』も『恐怖』も……全部こいつに注ぎ込んでやる!」
カイトは右手に、蓄積した全「悪意」を凝縮させた。
創造するのは、先ほどの杭打機ではない。
対象を内側から爆破し、文字通り「お返し」をするための特注の武器だ。
【創造:悪意 425 pt を全消費――『断罪の魔槍』】
「――突き抜けろ!!」
カイトの突き出した右手が、大百足の腹部、殻の隙間にある柔らかい肉に深々と突き刺さった。
刹那。
具現化した槍の先端から、男たちの、村人たちの、そしてカイトに向けられたすべての「負の感情」が、高密度の衝撃波となって魔物の体内へと一気に解放された。
ドォォォォォォォォォン!!
内側からの大爆発。
大百足の巨体がパンパンに膨れ上がり、次の瞬間、背中の硬い殻を突き破って青い体液が噴水のように空高く舞い上がった。
断末魔の叫びすら上げられず、大百足は内臓を粉砕され、巨大な肉の塊となって石畳に沈んだ。
「……がはっ……」
カイトは魔物の巨体の下から這い出し、その場に大の字になって倒れ込んだ。
限界まで引き上げた身体強化が切れ、激しい脱力感と出血による目眩がカイトを襲う。
だが、静まり返った村に、一人、また一人と村人が家から出てくる気配がした。
「……倒した……。あの化け物を、あの人が倒したぞ!」
「聖者様……! ああ、神様……!」
【検知:集団からの「狂喜」および「深甚なる感謝」を獲得中:+500、+900、+1300……】
【検知:感謝ポイントが急激に蓄積されています】
カイトの視界の隅で、カウンターが猛烈な勢いで跳ね上がっていく。
一人の命を救うのとはわけが違う。「村全体の救済」という大金星が、莫大なポイントとなってカイトに流れ込んできた。
カイトは震える指先で、浮かび上がった習得メニューを開いた。
今のポイントなら、今の絶望的な状況を打破できる「あの魔法」に手が届く。
「……等価交換、成立だ。……買い取らせて、もらうぜ……」
【決定:感謝リソース 2,500 pt を消費します】
【習得完了:初級回復魔法「自己再生」を恒久的に記憶しました】
カイトの手のひらが淡い緑色の光を放ち、脇腹の傷口に吸い込まれていく。
引き裂かれた組織が繋がり、皮膚が再生し、失われた血液が急速に補填されていく。
初めて味わう「魔法」の温かさに、カイトは安堵の溜息をついた。
同時に、この世界の攻略法が、より鮮明に脳裏に刻まれる。
「……ハハッ、やっぱり無茶な投資はリターンも大きいな。……だが、次はもっとスマートにやりたいもんだ」
カイトは、完治した脇腹をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
ジャージはまだ血と泥で汚れたままだが、その足取りは先ほどよりも遥かに力強い。
【現在蓄積リソース:250 pt(感謝) / 0 pt(悪意:消費済み)】
村人たちが涙を流して駆け寄ってくるのを、カイトは少し面倒そうに、だが満足げな表情で迎え入れた。
彼が「真の無双」に至るためのリソースは、今、確実に積み上がっていた。




