第54話:残滓の掃討と、新たな火種
プリンの甘い余韻が残る時計塔の室内。
先ほどまでの穏やかな空気は、カイトのリストデバイスが発した無機質な警告音によって、一瞬で霧散した。
カイトは空になった小皿を脇に避け、空間上に投影された街の広域マップを鋭い眼光でなぞる。
「……休息は終了だ。リア、シルヴィア。……街の南西区画、旧『水利組合』の管理倉庫付近に異常な魔力反応を検知した。……残滓の掃除が、まだ不完全だったようだな」
「えっ……! 水利組合って、カイトさんがこの前屈服させたはずじゃ……」
リアが驚き、急いで後片付けを始める。シルヴィアはすでに腰の武器に手をかけ、不敵な笑みを浮かべていた。
「……ふん。往生際が悪いわね。あの肥満体の理事長、まだ何か隠し持っていたってわけ?」
「……いや。バルトスにこれほどの魔力を動かす余力はない。……これは外部からの干渉、あるいは……地下に眠っていた『負債』の暴走だ」
カイトはタクティカル・ジャージのジッパーを喉元まで引き上げ、時計塔の出口へと向かった。
街はカイトの手によって美しく「リペア」されたが、地下に張り巡らされた古い下水道や、組合が隠蔽していた非合法な魔導実験施設のすべてを、一度に清算できたわけではない。
急速な発展は、押し込められていた汚濁を、水面に浮上させる圧力となったのだ。
現場に到着したカイトたちが目にしたのは、異様な光景だった。
かつての組合倉庫の壁が内側から弾け飛び、そこから溢れ出したのは、どす黒い粘液を纏った「魔力泥」の群れだった。
それは放置された魔導具の廃液と、人々の捨て去った悪意が混ざり合い、独自の意志を持って増殖を始めた、都市の癌細胞のような存在だ。
「……不衛生だな。……誠に、不合理な存在だ。……街の景観を著しく損なっている」
カイトは「周囲探知」を展開し、その核となっている物質を特定した。
それは、バルトスが横領した金貨を隠すために、偽装として設置していた旧式の「重力制御装置」の暴走体だった。
「ギ、ギシャアアアァ……!」
粘液の塊が、触手のようにカイトたちへ襲いかかる。
シルヴィアが雷撃を放ち、リアが防御魔法を展開するが、物理的な攻撃は泥の塊に吸い込まれ、決定的なダメージには至らない。
「……シルヴィア、下がれ。……この種のバグには、力による破壊よりも、『定義の初期化』が有効だ」
カイトは空間庫から、金貨を数枚取り出した。
今回の敵は、人の形をした悪でも、意志ある魔獣でもない。
ただの「機能不全を起こした機械」と、それに寄生した魔力の残滓だ。ならば、支払うべき対価は決まっている。
「『物』の再定義。……対価は【お金】。……金貨5枚を投入。……対象、旧式重力装置の事象消去」
【物質消費:金貨 5枚 ―― 対象:暴走魔導具の『分解・リペア』】
カイトが指を鳴らすと、泥の巨体の中心部が青白い光に貫かれた。
暴走していた装置が、カイトの魔法によって「ただの鉄屑」という元の状態へと強制的に引き戻される。
核を失った魔力泥は、形を維持できず、ただの汚水となって地面に広がった。
【検知:近隣住民からの「異臭と恐怖からの解放」:+800 pt】
「……やれやれ。これで終わり?」
シルヴィアが肩の力を抜く。だが、カイトの視線は汚水の奥、さらに地下へと続く不自然な空洞に向けられていた。
「……いや。……今のは、さらに深い場所にいる『何か』が、地上を窺うための観測用端末に過ぎない。……リア、シルヴィア。……ここから先は、街のインフラ整備という名目では済まされない領域だ」
カイトはリストデバイスを操作し、時計塔に残した「緊急食料生成」のストックを空間庫経由で手元に呼び寄せた。
長時間の潜入を覚悟した装備。
等価交換の創造無双。
カイトは、この街の底に眠る「最大の負債」を清算するため、光の届かぬ暗闇へと足を踏み入れる。
「……一秒でも早く、この不合理をリペアするぞ。……私の夜の休息を、これ以上邪魔させるわけにはいかないからな」
ジャージ姿の管理者は、懐中電灯代わりの魔導具を灯し、静かに、そして冷徹に、地下の深淵へと消えていった。
新たな敵の影。
それは、かつての「水底の蛇」をも凌ぐ、この土地そのものが抱える呪いの「リペア」の始まりであった。
(第53話 完)
【現在蓄積リソース:102432 pt(感謝) / 6290 pt(悪意:残債)】
【所持金:金貨 124枚】
【ギルドランク:C】
【状況:組合の残滓を排除し、地下に眠る「深淵のバグ」の調査を開始】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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