第55話:深淵の解像度と、最適化された眼
地下へと続く空洞は、カイトが想像していた以上に深く、そして冷ややかだった。
滴り落ちる水の音が反響して幾重にも重なり、まるで地下そのものが巨大な肺で呼吸しているかのような錯覚を覚えさせる。
「……ひどい淀みだな。ここには、数百年分の不始末がそのままの形で沈殿している。今の私の探知精度では、反射が多すぎて奥の構造を完全には掌握しきれないな」
カイトはタクティカル・ジャージの襟を正し、網膜に表示されるぼやけたマップを不快そうに見つめた。
石門の向こう側には、数世紀分の魔力汚染が渦巻いている。このまま闇雲に最強兵器を叩き込んでも、連鎖的な崩落を招く恐れがある。それはカイトにとって、最も「手際が悪い」仕事の進め方だった。
「カイトさん、……門の奥から……すごく嫌な音がします。何かが這いずるような、重たい音が……」
リアが震える声でカイトの腕を掴む。彼女の直感は、闇の中に潜む「不自然な気配」を鋭く捉えていた。
「……ああ。だからこそ、まずは『眼』を直す必要がある。『魔法』の最適化。対価は【感謝】。蓄積ポイント、5000 ptを投入し、探知系統を上書きする」
【感謝消費:5000 pt ―― 魔法レベルアップ:『周囲探知Lv.2』】
カイトがデバイスを操作した瞬間、彼の瞳が青白く発光した。
放たれた超音波と魔力のパルスが、壁面に反響して戻ってくる。その情報量は、これまでの比ではなかった。
網膜上のマップは瞬時に高精細な三次元モデルへと書き換えられ、岩盤の密度、空気の流れ、さらには封印の奥で脈動する「負の魔力」の回路図までもが、カイトの視界に鮮明に浮かび上がる。
「……見える。……なるほど、石門そのものが問題ではない。門の奥にある『魔力貯蔵庫の安全弁』が腐食し、そこから過去の怨嗟が漏れ出し続けているのか。原因が特定できれば、やるべきことは一つだ」
Lv.2に向上した探知能力は、単なる地形把握を超え、物質の「致命的な欠陥」を視覚化するまでに進化していた。
カイトは、自分自身の「リペア」という行為を、最も安易な方法で放棄した過去の統治者たちの、あまりに稚拙な後始末の全貌を把握した。
「……リア、シルヴィア。一歩下がれ。これから、この街の最も古い負債を、強制的に一括返済させる。もう、闇に怯える必要はない。私がすべてを『可視化』した」
カイトは空間庫から、金貨が詰まった袋を三つ取り出し、足元にぶちまけた。
等価交換の理。
金で直せるものは金で直す。だが、因縁や呪いといった形のない不条理を直すには、それ相応の「最強兵器」を創り出し、物理的に解体するしかない。
「『悪を挫く力』の創造。対価は【悪意】。蓄積された地下の怨念、およびバルザス兵からの残債、全15000 ptを投入」
【悪意消費:15000 pt ―― 物質創造・事象復元:『対深淵用解体機:リペア・ブレイカー』】
カイトの手の中に、漆黒のドリルを先端に備えた、重厚な魔導ガントレットが出現した。
Lv.2の探知眼が、石門の最も脆い「因果の結節点」を正確に示している。カイトはジャージの裾を汚すことも厭わず、その一点にドリルの先端を合わせた。
「……行くぞ。この街の『過去』を、今の輝きに相応しい形へリペアする」
カイトは重い足取りで石門へと踏み出した。
ガントレットのドリルが回転を始め、地下の沈黙を切り裂く轟音が鳴り響く。
管理者の無双は、向上した解像度によって、一分の無駄もなく闇を切り裂き始めた。
ドリルが石門に触れた瞬間、数百年分の怨嗟が黒い霧となって溢れ出す。だが、カイトにはその霧の「隙間」がはっきりと見えていた。彼は最小限の魔力消費で門の因果を物理的に噛み砕いていく。
「……壊れているなら、直す。閉ざされているなら、開ける。それが、管理者の役目だ」
激しい火花が散り、ついに石門が内側から弾け飛ぶ。
その奥に広がっていたのは、制御を失い、美しい結晶体となって暴走し続ける「純粋魔力の心臓部」であった。
Lv.2の眼は、その中心部で悲鳴を上げる、かつての犠牲者たちの残滓をも捉えていた。
「……さて。……この大規模な『不具合』を、どうリペアしてやろうか」
ジャージ姿の管理者は、冷徹な笑みを浮かべ、さらに深淵の奥へと足を踏み入れた。
(第54話 完)
【現在蓄積リソース:97432 pt(感謝) / 2490 pt(悪意:残債)】
【所持金:金貨 30枚】
【ギルドランク:C】
【状況:周囲探知Lv.2により地下の構造を完全掌握。封印の内部へ突入】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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