第4話:スキルの壁と、ギルドの悪意
大通りでの「陶器修復」によって得られた感謝は、カイトの予想を上回るものだった。
カイトが歩き出すたびに、背後から「奇跡だ」「聖者様か?」といった熱狂的な視線が突き刺さる。
そのたびに、カイトの視界にある青いゲージが、カチリ、カチリと音を立てて積み上がっていった。
【蓄積リソース:280 pt】
カイトは一度、人通りの少ない路地裏へ入り、壁にもたれかかって空中にある「習得メニュー」を指先で弾いた。
買い切り制の魔法リスト。そこには、絶望的なまでに高い「壁」がそびえ立っていた。
「……チッ。やっぱりそうか。奇跡を安売りする気はねえってわけだ」
カイトが狙っていた強力な魔法のアイコンは、どれもまだ暗く沈んだままだ。
・【重力魔法:加重】……必要コスト 50,000 pt
・【空間魔法:転移】……必要コスト 200,000 pt
・【攻撃魔法:爆炎】……必要コスト 15,000 pt
「少女一人助けて20、陶器を直して150……。重力魔法を自分のものにするには、あと何千人助けりゃいいんだよ」
280ポイントという数字は、この世界の「魔法」という真理を買い取るには、あまりにも端金に過ぎなかった。
現在のカイトが、必死にかき集めた「感謝」でようやく手が届くのは、もっと地味で、それでいて確実な技術だけだ。
【決定:感謝リソース 250 pt を消費します】
【習得完了:汎用魔法「身体強化」を恒久的に記憶しました】
「……今はこれで我慢するか。魔法というよりは、ドーピングに近いな」
カイトは残った30ポイントを予備として残し、路地を出た。
目指すは、街の中央にそびえ立つ「冒険者ギルド」だ。
紺色のジャージ姿という、この異世界において圧倒的に「異物」でしかない格好のまま、大扉を蹴るようにして開く。
ギルドの中は、酒と汗、それから鉄錆の匂いが混じり合った独特の熱気に満ちていた。
入り口近くのテーブルに座っていた荒くれ者たちが、一斉にカイトへ視線を向ける。
「おいおい、見ろよ。なんだあのナリは?」
「寝巻きか? それとも、どこかの修道院を追い出された落ちこぼれかよ」
周囲から向けられるのは、隠そうともしない「侮蔑」と「嘲笑」。
だが、感謝ポイントが稼ぎにくいこのシステムにおいて、カイトにとってこの「負の感情」は、唯一の救いだった。
【検知:周囲の冒険者からの「侮蔑」「嘲笑」:+18 evil】
【リソース:悪意エネルギーが充填されました】
「……感謝ポイントを貯めるのは気が遠くなるが、悪意は勝手に向こうから降ってくるな。本当に、人間ってのは安い生き物だ」
カイトは鼻で笑い、受付へと歩み寄った。
受付嬢は困惑した表情でカイトを見上げ、形式的な笑みを浮かべる。
「……いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「ギルドへの登録を。それと、これを換金してくれ」
カイトは、路地裏のならず者から剥ぎ取った安物のナイフをカウンターに放り出した。
受付嬢がそれに手を伸ばそうとした瞬間、横から伸びてきた太い腕が、ナイフを強引に奪い取った。
「ガキが。こんなナマクラをギルドに持ち込むんじゃねえよ。恥を知れ」
そこに立っていたのは、熊のような体格をした、いかにも「この場の序列」を誇示したがっているベテランの冒険者だった。
彼はカイトのナイフを指先で弾き、わざとらしく床に唾を吐き捨てた。
「ギルドは遊び場じゃねえんだ。ジャージだか何だか知らねえが、ママのところに帰ってミルクでも飲んでな」
周囲の冒険者たちからドッと下卑た笑いが起きる。
男から放たれるのは、圧倒的な「優越感」と、弱者を踏みにじることで得られる歪んだ「快楽」。
【検知:対象から「明確な加害意識」を確認:+70 evil】
【リソース:悪意エネルギーが飽和状態に達しました】
【警告:悪意を代償とした「一時的な創造」が可能です】
「……おい、おっさん」
カイトは、相手の顔も見ずに静かに言った。
「そのナイフ、勝手に触るなよ。汚れるだろ」
「あぁ? 何言ってやが――」
男がカイトの肩を掴もうとした瞬間、カイトは習得したばかりの「身体強化」を起動し、同時に男の「悪意」を丸ごと消費した。
魔法を習得する感謝ポイントは足りない。
ならば、その場で消費される「悪意」を燃料に、この場限りの重圧を「創造」してぶち当てる。
「代償はあんたのその汚い殺意。……少し、頭を下げてもらおうか」
刹那。
ギルド内の空気が、物理的な重圧を伴って男の肩に垂直に叩きつけられた。
「なっ、ぐあっ!?」
ドォォォォォン!! という地響きのような音が鳴り響く。
男は悲鳴を上げる間もなく、見えない巨大な力で床に叩きつけられた。
石畳には、男の体の形にヒビが入り、彼は這いつくばったまま指一本動かせない。
習得した魔法ではない、その場限りの「悪意による創造魔法」。
向けられた負の感情が強ければ強いほど、その破壊力は跳ね上がる。
「ぐ、うぅ……なんだ、この重さは……っ!」
「あんたが俺に向けた『悪意』の重さだよ。それが消えない限り、その重力はあんたを離さない」
カイトは冷めた目で、床に顔を押し付けられている大男を見下ろした。
ギルド内は、一瞬で凍りついたような静寂に包まれる。
さっきまで笑っていた冒険者たちが、慌てて目を逸らし、震えていた。
「さて、受付のお姉さん。話の続きをしよう」
カイトは、腰を抜かしている受付嬢に再び向き直り、ジャージのポケットから奪い取ったばかりの「銀貨」を一枚、カウンターに置いた。
「物質創造:ギルドカード用の、最高品質の用紙を」
【物質対価を確認:銀貨 1枚】
【創造開始:相応の価値を持つ魔導原紙を具現化します】
カウンターの上に、淡く光る真っ白なカードが忽然と姿を現した。
カイトはそれを手に取ると、驚愕で口を閉じることも忘れている周囲を一度だけ振り返った。
「感謝を貯めるのは骨が折れるが……悪意と金なら、いくらでも手に入るな」
ジャージ姿の男が、正式にこの世界の「冒険者」として登録された。
カイトの視界には、まだ真っ暗なままの巨大なスキルツリーが広がっている。
「いつか、その一番上の魔法まで、全部買い占めてやるよ」
カイトは新しくなった『タクティカル・ジャージ』の襟を正し、ギルドの奥へと進んでいく。
彼の無双劇は、まだ始まったばかり――どころか、リソースを稼ぐための「仕込み」すら終わっていない段階だった。
【現在蓄積リソース:30 pt(感謝) / 0 pt(悪意:消費済み)】
【ギルド登録完了:カイト、ランク……測定不能】




