第26話:この世ならざる「白」と、刺客の足音
ギルドを出たカイトとリアは、夕暮れ時の大通りを歩いていた。
乾燥した風が吹き抜けるこの街では、果実の汁を固めたような粗末な氷菓子すら、特権階級にしか許されない贅沢品だ。
隣を歩くリアが、ふと足を止めた。彼女の視線の先では、貴族が魔法使いを雇い、冷やした銀の皿に盛られた果実を珍しそうに突いている。
「……カイトさん。あれ、とっても綺麗ですね。……冷たくて、甘いのでしょうか」
リアの瞳には、かつて奴隷として扱われていた頃には想像もできなかったような「好奇心」が宿っていた。
【検知:リアからの「純粋な渇望」:+20 pt(潜在的感謝)】
「……あれか。あんなものはただ冷やしただけの果実だ。リア、あんたはもっと効率的に糖分を摂取しろ」
カイトは「等価交換」のシステムを脳内で展開した。
この世界には、氷に甘味と乳脂肪分を混ぜ合わせ、滑らかに練り上げる「アイスクリーム」という概念そのものが存在しない。つまり、それはカイトが対価を払って「無から生み出す」べき対象だ。
「『物』を創るなら、対価は【お金】。……この世界の常識にはない物だが、俺のルールに例外はない」
カイトは空間庫から銀貨を一枚取り出し、指先で弾いた。
銀貨は空中で青白い光の粒子に分解され、カイトの掌の上で、本来この世界に存在するはずのない「形」へと再構成されていく。
【物質創造:銀貨 1枚を消費 ―― 対象:特製バニラアイスクリーム】
光が収まったカイトの手には、キンキンに冷えた白い紙カップと、小さなスプーンが握られていた。
この世界には存在しない真っ白な冷気。バニラの芳醇な香りが、夕暮れの街角に場違いに漂う。
「ほら。溶ける前に摂取しろ。……俺が創り出した『現代の味』だ。この世界のどんな王侯貴族も、これを知ることはない」
「……えっ!? こ、これ、なんですか……? 白くて、冷たくて……すごくいい匂いがします」
リアはおそるおそるスプーンを手に取り、一口分をすくって口に運んだ。
その瞬間、彼女の体がびくんと跳ねた。
「つ、つめたい……! それに、何ですかこれ……すごく甘くて、とろとろで……。……カイトさん、私、こんなに美味しいもの、生まれて初めてです……!」
【検知:リアからの「異世界レベルの驚愕」と「絶頂の感謝」:+450 pt】
カイトの視界で、感謝ポイントが爆発的に跳ね上がる。
この世界の技術では数百年経っても到達できない「至高の甘味」を、銀貨一枚という定額コストで具現化し、莫大な感謝リソースへと変換する。カイトにとって、これほど「利回り」の良い投資はない。
「……そうか。なら、その幸福感を維持しろ。……リア。あんたのその笑顔は、俺の商談を円滑に進めるための『資産』だ」
「……はいっ! ……えへへ、すごく、幸せです……」
リアは冷たいカップを大事そうに抱え、一さじごとに大切に味わいながら、今日一番の笑顔を見せた。
だが、そんな幸福な空気の中でも、カイトの「エコー・ロケーション」は、街の喧騒に紛れた「異物」を捉えていた。
通りを歩く一般客とは明らかに異なる、音のない足運び。
そして、自分とリアの急所を、冷徹に見定める三つの視線。
【検知:路地裏および屋根の上。感情を消した三人の『掃除屋』。殺意:極大:+600 evil】
「(……なるほど。『轟雷の牙』のような騒がしい連中が失敗したのを見て、今度は本物のプロを寄越したか)」
カイトは、最後の一口を食べ終えたリアの空のカップを受け取ると、それを空間庫へ消した。
「リア、俺のそばを離れるな。……デザートの後は、少しばかり血の気の多い『商談』が待っているらしい」
「……え? はい、カイトさん」
カイトの瞳には、敵意も焦りもなかった。
ただ、新たな「悪意」を、自分の力を高めるための燃料として計上する、冷徹な回収者の光だけが宿っていた。
(第26話 完)
【現在蓄積リソース:2532 pt(感謝) / 3990 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 13枚】




