第23話:不純な在庫と、等価ならざる器
揚水場の「特別顧問」としての権利を手に入れたカイトは、街の物流を監視する過程で、ある不自然なデータの揺らぎを見つけていた。
表向きは家畜の輸入とされているが、深夜に運び込まれる檻からは、獣のそれとは異なる呼吸音が「エコー・ロケーション」に引っかかる。
カイトは、街の裏通りにある古びた倉庫の前に立っていた。
【検知:倉庫内からの「絶望」と「衰弱」:+200 pt(潜在的感謝)】
「……ここか」
カイトが扉を無造作に開けると、そこには不衛生な檻が並んでいた。
その隅、一番小さな檻の中に、灰色の髪を泥で汚した一人の少女がいた。
獣の耳を持つ亜人の子供。その瞳には、すでに生への執着すら見当たらない。
「……誰だ、お前は。ここは許可のない者の立ち入りは禁じられているぞ」
奥から現れたのは、成金の太った商人と、数人の用心棒だった。
彼らの視線には、法を犯している自覚が生む、特有の「粘つくような悪意」が混じっている。
【検知:商人たちからの「排除意思」と「後ろ暗い欲望」:+300 evil】
「この個体は不良品だ。まともに動けもしない。……さっさと立ち去れ、小汚いジャージ野郎」
カイトは少女を一瞥した。
「自己再生」の予備動作として彼女の容態を把握する。栄養失調、魔力枯渇、そして精神的な摩耗。
カイトのルールでは、魔法を与える対価は【感謝】だ。
だが、今の彼女にはカイトに感謝するだけの気力すら残っていない。
「……今の彼女は、魔法を受け取るだけの『対価』を持っていないな」
「ハハッ! そうだ。こいつはもう価値のないゴミだ。……殺すのにも手間がかかる」
商人があざ笑い、少女は小さく身を震わせて目を閉じた。
だが、カイトは動じない。
「……なら、別のルールで取引をしよう」
カイトは「空間庫」から、魔導銃『等価の天秤』を引き抜いた。
その銃口を、迷いなく商人の眉間に向ける。
「な、何をする……! 衛兵を呼ぶぞ!」
「『悪を挫く力』を創るなら、対価は【悪意】。……あんたたちが今、俺に向けているその醜い感情。それを燃料にして、この状況を『掃除』させてもらう」
【悪意消費:250 pt ―― 瞬間演算・空間固定】
「……待て! 話せばわかる、金なら払う!」
「商談は決裂だ。あんたの金では、俺の力は買えない」
ドォォォォン!!
カイトは引き金を引いた。
放たれた弾丸は商人の足をかすめ、背後の檻の鍵を、その分子構造ごと「リペア」の逆転現象で粉々に砕いた。
用心棒たちが襲いかかるが、カイトは「風走」でその間をすり抜け、一人ずつの武器を銃身で叩き折っていく。
【検知:商人・用心棒からの「死への恐怖」と「憎悪」:+400 evil】
わずか数十秒。
倉庫内に立っているのは、ジャージ姿のカイト一人だけだった。
カイトは檻の前に膝をつき、怯える少女に手を差し出した。
魔法ではない。ただ、ポケットから取り出した「緊急食料生成」のカロリーバーを、彼女の口元へ運ぶ。
「……食え。これは『物』だ。対価は後で払ってもらう」
「……あ、……ぁ……」
少女は、震える手でそれを掴み、貪るように食べた。
喉を通る温かさと、微かな甘み。
彼女の瞳に、ほんの少しだけ生の色が戻る。
【検知:少女からの「微かな救い」と「困惑」:+10 pt(感謝の芽生え)】
「……まだ足りないな。魔法をかけるには、もっと多くの対価が必要だ」
カイトは彼女の首に嵌められた「奴隷の首輪」を掴んだ。
本来、解除には複雑な合言葉か鍵が必要な魔導具。
だが、カイトの指先から「事象復元」の力が逆流する。
パキッ、という音と共に、鉄の枷が砕け散った。
「……俺はカイト。あんたを助けたわけじゃない。未来の『感謝』を、前借りで投資しただけだ」
「……かい、と……」
少女は初めてカイトの目を見た。
自分をモノとしてではなく、一つの「取引相手」として扱う、不思議な無機質さ。
その奇妙な安心感に、彼女はカイトのジャージの裾を、小さな手でぎゅっと握りしめた。
「……これから忙しくなるぞ。あんたには、俺の『事業』を手伝ってもらう。……死ぬ暇もないくらいにな」
カイトは彼女を抱き上げることも、優しく微笑むこともしない。
ただ、冷徹な契約者として、新しいリソースである「彼女の未来」を連れて、倉庫を後にした。
背後の闇では、壊れた檻と、自分たちの悪意を吸い取られて抜け殻になった悪党たちが転がっているだけだった。
【現在蓄積リソース:1722 pt(感謝) / 1040 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 19枚】
【新規獲得:奴隷の少女(※教育・投資対象)】




