第20話:ちょっとした贅沢と、次の儲け話
水路の掃除を終えたカイトは、宿へ戻る道すがら、夕飯のおかずを多めに買い込んでいた。
住民たちから感謝ポイントをたっぷりもらったおかげで、今のカイトの心には少しだけ余裕がある。
銀貨も19枚まで増えた。この世界に来てから、ようやく「小金持ち」と言えるくらいの暮らしができるようになってきた。
「……さて。今日は感謝ポイントも貯まったし、新しい魔法を仕入れておくか」
宿の自室に戻ったカイトは、ベッドに寝転びながら、頭の中に浮かぶ魔法のリストを眺めた。
この世界の常識がどうあれ、カイトというシステムが課したルールは明確だ。永続的な「魔法」を自分のものとして刻むには、人々からの【感謝】を対価として支払わなければならない。
カイトが選んだのは、探索や戦闘の利便性を高める、実用的な魔法だった。
【決定:感謝リソース 600 pt を消費します】
【習得完了:感覚同期魔法「エコー・ロケーション」を記憶しました】
その瞬間、頭の奥に冷たい水が流れ込むような感覚がした。
目をつむって意識を集中させると、自分を中心に微細な魔力の波が円状に広がっていくのがわかる。
壁の向こう側で宿の主人が帳簿をめくる音、隣の部屋で冒険者がいびきをかきながら寝返りを打つ振動。それらが地図のように、カイトの脳内に立体的なイメージとして描き出された。
「……なるほど。これなら視界の悪い場所でも、敵の配置を事前に把握できるな」
カイトは「空間庫」から魔導銃『等価の天秤』を取り出し、その手触りを確かめた。
新しい魔法のおかげで、周囲の空間そのものが自分の掌の中にあるような感覚だ。
わざわざ目視しなくても、物陰に隠れた的がどこにいるのかが直感的にわかる。そんな確かな手応えがあった。
翌日、カイトは意気揚々とギルドへ向かった。
ジャージ姿の男が掲示板の前に行くと、いつものように周囲がざわつく。
だが、今のカイトはそんな視線も「あ、またリソースの種が蒔かれたな」くらいにしか思っていない。
「あ、カイトさん! お疲れ様です。昨日は素敵な仕事をしてくださったみたいですね」
窓口へ向かうと、いつもの受付嬢がにこやかに声をかけてきた。
彼女はカイトが水路をピカピカにした噂を住民から聞いたようで、感心したように目を細めている。
「いえ、掃除は得意な方ですから。……ところで、何かおすすめの依頼はありませんか? あまり小難しくなくて、スカッとするようなやつ」
「それでしたら、ちょうど良いものがありますよ! 街の近くの農村で、害獣が暴れて困っているそうなんです」
カイトが受け取ったのは、北の村からの依頼書だった。
大きな牙を持ったイノシシの群れが畑を荒らしまわっていて、村人たちが泣きついているという。
「原因不明の呪い」だの「複雑な陰謀」だのといった面倒な話は一切ない。
ただ行って、暴れている魔物を追い払えば、村人たちは手放しで喜んでくれる。そんな分かりやすい仕事だ。
「いいですね、そういうの。早速行ってきます」
「はい、期待していますね。お気をつけて!」
カイトがギルドを出ようとすると、またいつものように『轟雷の牙』の取り巻きたちが道を塞いできた。
彼らはカイトが着実に実績を上げているのが気に入らないらしく、わざとらしく舌打ちをする。
「おい、次はイノシシ退治か? ジャージをボロボロにして、泣きながら帰ってくるんじゃねえぞ」
一人が意地悪そうに笑うが、今のカイトは「エコー・ロケーション」を無意識に走らせていた。
相手がどこに重心を置き、次にどちらの足を踏み出そうとしているのか、空気の振動を通じて手に取るようにわかる。
そして、彼らが自分に向けて放つトゲのある【悪意】も、カイトのルール上、敵を挫くための力へと変換できる貴重なエネルギー源でしかない。
「あんた、そんなところで油を売ってないで、自分の装備でも磨いておいたらどうだ? 盾の革ベルトが、今にもちぎれそうですよ」
「な、何だと!?」
男が慌てて自分の盾を確かめる隙に、カイトはひらりと身をかわして門へと向かった。
「風走」を使うまでもない。背後からの気配を完璧に把握しているだけで、歩きに迷いがなくなる。
街を出て、北の村へと続く一本道をカイトは軽快に進んでいく。
背後からは、相変わらず『轟雷の牙』の偵察員たちがついてきているのがわかった。
彼らは自分たちがバレていないと思っているようだが、今のカイトの感知能力からは逃げられない。
「勝手についてくる分には構わないが、邪魔だけはしないでくれよ」
カイトはジャージの襟を整え、ポケットの弾丸の感触を確かめた。
新しい力を手に入れて、周囲の状況が驚くほど「視える」ようになったジャージ姿の男。
彼の無双は、もはや難しい理屈など必要としていなかった。
ただ、目の前の問題を片付けて【感謝】を集め、さらに強くなる。
もし邪魔が入れば、その【悪意】を自分のルールに従って力に変え、叩き伏せる。
そんな「ちょっとした成長」の繰り返しが、彼を最強へと押し上げていくのだ。
北の村の入り口が見えてきた。
そこには、泥に汚れ、疲れ切った顔で畑を見つめる農民たちの姿があった。
カイトの視界には、彼らが抱える「困りごと」が、これから手に入る莫大なリソースの山として、鮮明な波形となって映し出されていた。
「……さあ、商談を始めようか」
カイトは「空間庫」から静かに鉄の銃身を取り出し、村の広場へと足を踏み入れた。
【現在蓄積リソース:142 pt(感謝) / 410 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 19枚】
【新習得魔法:エコー・ロケーション(感覚同期・周囲探知)】




