第19話:地道な「仕入れ」と、着実な蓄積
夜の静寂が戻った路地裏。カイトは「空間庫」に魔導銃を収めると、相手から回収した銀貨の袋を軽く振った。チャリンという硬質な音が、今回の一件が無事に片付いたことを告げている。
「……ふぅ。やはり実戦に勝る訓練はないな」
カイトは「自己再生」を微弱に発動させ、発砲の反動でわずかに痺れた右腕の筋肉を解きほぐした。ジャージの自動洗浄機能が、硝煙の匂いとわずかに付着した返り血を光の粒子に変えて消し去っていく。見た目には、夜の散歩を楽しんでいるただの青年と変わりない。
だが、彼の脳内では、システムが弾き出す膨大な数値が常に更新され続けていた。
「悪意の運用効率は悪くない。だが、これはあくまでその場限りの力だ。これをいかに、魔法を覚えるために必要な『感謝ポイント』の蓄積へ繋げるかが、これからの鍵になる」
カイトは宿に戻ると、深く重い眠りについた。
「身体強化」や「風走」を同時に使うのは、精神を激しく削る作業だ。冷静に動くためには、睡眠という休息もまた、カイトにとっては欠かせない「準備」の一つだった。
翌朝、カイトはギルドへ向かった。
昨夜の騒動は、まだ街の一部で噂になっている程度だ。ジャージ姿で現れた彼を見て、一部の冒険者が「おい、あいつか……」と小声で話し合うのが聞こえるが、カイトはそれらをただの雑音として処理し、掲示板の前に立った。
彼が今回探しているのは、派手な手柄ではない。
もっと確実で、そして多くの人から感謝を得やすい、生活に直結した仕事だ。
「……これにするか」
カイトが手に取ったのは、街の裏手を流れる水路の清掃と、そこに棲みついた害獣「泥喰いトカゲ」の駆除依頼だった。
報酬は銀貨3枚。Dランクが受けるにしては地味で、実入りも少ない依頼に見える。しかし、カイトの考えは違った。
「水路が詰まれば、下層に住む人たちは不潔な環境に困ることになる。そこを片付ければ、多くの人たちの『助かった』という気持ちが、一気に押し寄せてくるはずだ。……一度に多くのポイントを稼ぐには、これが一番いい」
カイトが受付へ向かおうとすると、横から一人の男が肩をぶつけてきた。
Bランクパーティ『轟雷の牙』の印をつけた、顔に傷のある剣士だ。昨夜返り討ちに遭った連中の仲間だろう。
「……おい。昨夜はよくもやってくれたな、新人」
「……昨夜? ああ、俺に『悪意』をぶつけてきた連中のことか。それに見合うだけの報いは与えたつもりだが、まだ何かあるのか?」
カイトが感情の読み取れない瞳で見上げると、男は一瞬怯んだが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ふざけるな! お前のそのジャージ、見てるだけで虫唾が走るんだよ。……ギルドの依頼をいいとこ取りしてるって話も聞いている。身の程を知れ。……泥掃除がお似合いだぜ」
【検知:対象からの「嫉妬」および「嫌悪」:+35 evil】
カイトは男を相手にせず、淡々と依頼書を提出してギルドを後にした。
男の罵倒など、彼にとっては次なる力を引き出すための「蓄積」にしか見えていない。
現場の水路は、想像以上にひどい状況だった。
ヘドロが溜まり、鼻を突くような悪臭が辺りに漂っている。周囲の住民たちは窓を閉め切り、暗い表情で水路を眺めていた。
「……さて。掃除を始めようか」
カイトはまず「空間庫」から魔導銃を取り出したが、それは撃つためではない。
銃身を拠り所にして、一時的な魔法の力を組み立てる。
「悪意による一時創造――『全自動・吸引渦』」
【創造完了:貯まった悪意 150 pt を消費――水路の泥を一箇所に集めます】
カイトが銃口を水路に向けると、周囲の悪意を変換した魔力が、強力な渦のような吸引力を生み出した。
ズルズルと重い音を立てて泥が吸い寄せられ、一箇所に固まっていく。その中から居場所をなくした「泥喰いトカゲ」たちが、慌てて飛び出してきた。
「……『身体強化』」
カイトはトカゲの動きを止まっているかのように捉え、足元に落ちていた石を無造作に投げた。
正確に一点を撃ち抜く投擲。一発ごとに、害獣が次々と沈んでいく。
作業は一時間もかからずに終わった。
泥が取り除かれ、澄んだ水が流れ始めると、周囲の住人たちが一人、また一人と家から出てきた。
「……ああ、水が……! 臭いが消えた!」
「ありがとう、お兄さん! 本当に助かったよ!」
【検知:住民たちからの「心からの感謝」:+480 pt】
カイトの視界に、感謝ポイントの数字が心地よく跳ね上がった。
昨夜、轟雷の牙と戦って得た悪意を「掃除」という形に使い、それを元手にして、魔法を覚えるための大きな感謝ポイントへと作り変えたのだ。
「……効率的なやり方だ」
カイトは、住民から差し出された汚れたリンゴを受け取り、その場で丸かじりした。
「緊急食料生成」で作る味のない食べ物よりは、いくらかマシな味がした。
「(今回の儲け、感謝ポイント480。……これで『風走』をさらに強化するか、それとも新しい便利な魔法を覚えるか。選べる幅が広がったな)」
カイトはジャージの自動洗浄を使いながら、再びギルドへと向かった。
一見遠回りに見える「街の雑用」すら、カイトにとっては最強へとたどり着くための最短ルートの一部だった。
その様子を、物陰からじっと見つめる赤い髪の女――シルヴィアがいたことに、カイトは気づきながらも、あえて視線を送らなかった。
彼女が抱く「得体の知れない男への恐怖」もまた、彼にとっては次なる力を作るための大切な資源になるのだから。
(第19話 完)
【現在蓄積リソース:742 pt(感謝) / 410 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 16枚】
【ギルドランク:D】




