第18話:鉄の咆哮と、システムの真価
ガラムの工房を後にしたカイトの背中には、粘つくような殺気が付きまとっていた。
監視していた『轟雷の牙』の構成員たち。彼らにとって、先ほど工房から響いた破壊音は、自分たちの常識を根底から揺るがす不穏な予兆に他ならなかった。
カイトは月明かりの下、広い通りで足を止めた。
紺色のジャージは夜の闇に同化し、無機質なシルエットだけを浮かび上がらせている。
「……隠れるのはよせ。心拍数が上がれば、魔力の揺らぎで位置が丸わかりだ」
カイトが静かに告げると、街灯の影から五人の冒険者が現れた。
重厚な鎧を纏った盾持ちの巨漢、長弓を番えた狙撃手、そして鋭い双剣を構えた男たち。Bランクパーティ『轟雷の牙』の主力部隊だ。
「……お前のせいで、街の秩序が乱れている。そのジャージ、そして今完成させた得体の知れない武器。それらを我がリーダー、シルヴィア様へ明け渡せば、命だけは助けてやる」
リーダー格の男が、剣先をカイトに向けた。
だが、その声には確かな「憎悪」が混じっていた。
自分たちが血の滲むような修行と長い年月をかけて手に入れた「Bランク」という地位。それを、昨日今日現れたジャージ姿の男が、得体の知れない理屈で追い抜こうとしている。その不条理に対する激しい拒絶反応だ。
【検知:対象からの「嫉妬」および「排除意思」:+350 evil】
カイトは、網膜に浮かぶ「悪意ポイント」の数値を冷静に見つめていた。
なぜ、わざわざ憎まれるような立ち振る舞いをするのか。
答えは単純だ。この世界において、人々が向ける「悪意」こそが、魔法という高価な現象をタダ同然で引き出すための、最も手軽で即効性のあるエネルギーだからだ。
「……命を助ける、か。対価としてはあまりに一方的だな」
カイトは右手を「空間庫」に突っ込み、作りたての魔導銃『等価の天秤』を無造作に引き抜いた。
鉄の筒に、革のグリップを強引に巻き付けただけの無骨な凶器。
それを見た冒険者たちの顔が、侮蔑と怒りに歪む。
「そんな鉄屑で、我々に勝てると思っているのか……! 魔法も使えぬ端役が!」
「魔法なら、あんたたちが今、俺に注ぎ込んでいるだろう」
カイトは薄く笑い、溜まっていた悪意ポイントを瞬時に消費した。
魔法を永続的に「習得」するには、莫大な感謝ポイントと時間が必要だ。
しかし、目の前の敵が吐き出す「死ね」「消えろ」という悪意を燃料に転換すれば、カイトは未習得の高度な魔法すら、その場限りの「現象」として安価に、そして強力に具現化できる。
「悪意による一時創造――『魔力収束・自動照準』」
【創造完了:悪意 300 pt を消費――一時的に銃身と標的の空間をリンク】
カイトの瞳が青く発光し、銃口が物理的な法則を無視して、大男の盾の「最も強度が低い一点」を吸い付くように捉えた。
カイト自身が狙う必要はない。敵の憎しみが濃ければ濃いほど、システムはその負のエネルギーを弾道計算にフィードバックし、必滅の軌道を導き出す。
「……チェックメイトだ」
カイトの魔力が、銃身内部の弾丸に注ぎ込まれた。
次の瞬間、夜の街を再びあの「暴力」が支配した。
ドォォォォォォン!!
一発目の弾丸は、大男が自信満々に構えていた鉄盾を、まるで紙細工のように貫通した。
「リペア」で常に分子レベルまで整えられた最高純度の鉄の弾丸が、音速の数倍で衝突したのだ。
盾を突き破った鉛の塊は、そのまま大男の右肩を消し飛ばし、背後の石壁に巨大なクレーターを作った。
「ア、ガ……ッ!? 俺の盾が……鋼鉄の防壁が……っ!」
「……次だ」
カイトは、銃身から吐き出される熱い煙を厭わず、すぐさま空間庫から次弾を装填した。
「リペア」を装填機構に並行して働かせることで、本来なら手動で行うべき排莢と装填をコンマ数秒で完了させる。
これはもはや、魔法でも科学でもない。カイトというシステムだけが可能にする、超効率的な殺戮工程。
「ヒ、ヒィッ!? くるな、くるなあああ!」
仲間が無惨に破壊される光景。それは、彼らの憎しみを一瞬で「恐怖」へと塗り替えた。
しかし、恐怖もまた負の感情だ。悪意の変種に過ぎない。
【検知:生存者たちからの「絶対的な恐怖」:+500 evil】
カイトは銃口を次の標的に向けながら、無機質な思考を走らせる。
悪意は一時的な燃料だ。
だが、その燃料を使って敵を圧倒し、結果として誰かの窮地を救えば、そこには永続的なリソースである「感謝」が生まれる。
つまり、カイトにとって敵からの悪意は、莫大な感謝ポイントを得るための「初期投資」に過ぎないのだ。
「……お前、一体何なんだ……。人じゃない、化け物か……」
双剣使いが膝をつき、震える手で武器を落とした。
カイトは無表情のまま、彼らを見下ろした。
殺してしまえば、それ以上の悪意は得られない。
だが、彼らを「恐怖の伝道師」として生かして帰せば、この街全体にカイトへの畏怖という名のリソースが満ち溢れることになる。
「等価交換だ。……あんたたちの命の代金として、持っているものをすべて置いていけ。それから、あんたたちのリーダーに伝えておけ」
カイトは銃口を男の眉間に押し当てた。
硝煙の匂いと、死の予感が、男の精神を極限まで削り取っていく。
「……次の『商談』は、俺の方から出向く、とな」
カイトは銀貨の袋を回収し、銃を空間庫へと仕舞い込んだ。
ジャージの表面に付着した僅かな煤を「自動洗浄」で消し去り、彼は何事もなかったかのように夜の闇へと消えていく。
背後で、生き残った者たちの震える嗚咽が聞こえる。
彼らがカイトを憎めば憎むほど、あるいは恐れれば恐れるほど、カイトの次なる一撃はより安く、より鋭くなっていく。
他者の感情を資源として管理する。
ジャージ姿の男の無双は、もはや武力や魔力の衝突ではなく、冷徹な「経営判断」の域に達していた。
(第18話 完)
【現在蓄積リソース:250 pt(感謝) / 500 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 35枚】
【ギルドランク:D】




