第197話:大霊峰への道と、高度な環境適応
バル・ザザード帝国の国境を遥か後方に置き去りにしてから、さらに数日が経過していた。
カイトの四輪駆動車と高級キャンピングトレーラーが現在突き進んでいるのは、大陸の中央に座する大霊峰『エル・ミトラス』の麓に広がる、険しい山岳地帯だった。
標高が上がるにつれて路面はゴツゴツとした岩肌へと変わり、外気圧の低下に伴って、周囲の魔力濃度が物理的な重圧となって大気に満ち満ちていく。
通常の旅人であれば、激しい高山病と魔力酔いによって一歩も進めなくなる絶望的な環境。しかし、カイトたちの移動要塞の内部は、外の世界の過酷さを微塵も感じさせない完璧な平穏が保たれていた。
「……判定。外気圧の低下、および周囲の魔力密度の急激な上昇を感知。車内気圧維持システム、および魔力濾過フィルターの出力を自動調整。……室内の均質化を維持」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージを纏ったまま、無表情でハンドルを握り、岩だらけの急斜面を滑らかに登らせていた。
四輪駆動車の強力なサスペンションと、等価交換で最適化されたトレーラーの連結構造が、激しい路面の凹凸による振動を完璧に吸収している。
「カイト様、お外は空気が薄くて、おまけに雷みたいな魔力がピチピチ弾けています! でも、お家の中はとっても空気が美味しくて、まるで平地のオアシスにいるみたいです!」
連結通路から助手席へと滑り込んできたリアが、ジャージの袖から覗かせた手を胸に当て、深く呼吸をしながらピンと耳を立てた。
高反発マットレスでの上質な睡眠と、徹底的に管理された車内環境のおかげで、彼女の獣人としての心肺機能は、この極限の標高にあっても完全に万全な状態を維持している。
「ふふ、さすがは世界中の魔力を統括していると言われる大霊峰ね。外から漂ってくる魔力の質だけは、今までの田舎町やあの軍事帝国とは比べ物にならないほど濃密だわ。……でも、このラグジュアリーなソファで冷えた特製スープをいただいている私には、ただの背景の景色でしかないけれど」
遮光カーテンの隙間から荒々しい岩山を見上げていたエルザが、調律杖の先端で優雅にグラスの氷を揺らし、赤い瞳を細めた。
完全に気圧と温度がコントロールされた車内は、吸血鬼である彼女の真祖としての魔力を常に満床に保ち、高度の不備による衰弱を一切許さなかった。
「……個々のコンディション維持は、これより始まる『世界規模のデバッグ作業』における最優先事項だ。……判定。前方の岩陰に、当領域の魔力偏在によって狂暴化した固有魔獣の機影を感知。処理を行う」
カイトは車を止めることなく、フロントガラス越しに、行く手を阻むように現れた体長数メートルの巨鳥『霊峰の翼』へと、静かに右手をかざした。
「……等価交換」
カイトがジャージのポケットから、帝国から回収した不要な魔石の残骸を数枚取り出し、ダッシュボードの空間へと提示した。
魔石が光の粒子となって消滅すると同時に、カイトの創造魔法によって、四輪駆動車のルーフ上部に、現代の対空防御テクノロジーを模した『自動追尾型高エネルギーレーザー(対空デバッガー)』の構造が完璧に具現化される。
捧げた魔石の質量と価値、そして巨鳥の移動軌道。そのすべてを等価の計算式で回し、カイトは車内から一歩も出ることなく、そのトリガーを冷徹にタップした。
パシィィィン!!!
目に見えない超高熱の光線が一直線に放たれ、襲いかかろうとした巨鳥の翼の基部を寸分の狂いなく焼き切った。
悲鳴を上げる暇もなく、機動力を失った魔獣はそのまま遥か奈落の谷底へと真っ逆さまに落下していき、軍用道路の進路は再び「綺麗に最適化」された。
「本当に、ただ座っているだけで全てが終わるのね。このまま世界の頂上まで、快適なドライブを続けましょうか」
エルザが愉しげにクスクスと笑い、ソファに深く背を預けた。
「……残存脅威の排除を確認。巡航速度を維持し、大霊峰の魔力循環システムの中枢へと直進する」
カイトは感情の起伏がない声で告げ、さらに険しい雲海の上へと車を滑らせた。
世界を揺るがす魔力循環の歪み(バグ)が、その冷徹なデバッガーの到来を待つ中、漆黒の移動要塞は何一つ破損することなく、大霊峰の頂へと向かって着実に距離を縮め続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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