第194話:黒鉄の城門と、強制終了
帝都『ザザード・ガルド』の城壁の上は、数千人の悪魔族の兵士たちが発する殺気と焦熱の魔力で赤く染まっていた。
二千の別働隊を消し去り、国境の結界を無力化し、装甲巨馬車を鉄屑に変えた漆黒の移動要塞――それが、砂塵を巻き上げながら黒鉄の城門へと真っ直ぐに向かってくる。
城壁に並んだ数百門の魔導弩砲が、限界まで魔力を充填され、キィィィンと不快な高音を鳴らしていた。
「……判定。防衛インフラの集束度、過去最高値。個体群の敵意(悪意)の密度、計測不能」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージを纏ったまま、無表情で四輪駆動車のハンドルを握っていた。
愛車の速度は時速七十五キロのまま、一切衰えていない。
車外では、悪魔たちの放つ圧倒的な殺圧によって大気が激しく歪んでいたが、快適にエアコンディショナーが効いた車内には、そのノイズは塵一つ分も侵入してこなかった。
「カイト様、お外のトカゲの人たち、もの凄く怒っています! あんなにたくさんの大砲で、私たちの新しいお家を狙うなんて許せません!」
助手席のリアが、ジャージの袖をぎゅっと握りしめ、ピンと立てた耳を不快そうに震わせた。
高級ベッドでの質の高い睡眠により、彼女の全神経は極限まで研ぎ澄まされ、いつでも城壁ごと敵を粉砕できるだけの熱量を帯びている。
「本当に、不快な羽虫が群がっているようだわ。カイト、これだけの規模の悪意が揃っているのよ? 私の調律杖で、この帝都の結界の波形を反転させて、街ごと内側から自壊させてあげましょうか?」
連結通路から顔を出したエルザが、調律杖を弄びながら、赤い瞳を昏く輝かせた。
冷風で完全に管理されたラグジュアリーな車内空間のおかげで、真祖としての彼女の魔力は、一国を跡形もなく灰にできるほどの満床状態を維持している。
「……否。前述の通り、物理的な広域破壊は戦後処理のインフラ復旧コストを跳ね上げる。非論理的だ。……判定。今回も最小コストによる『上書き』を実行する」
カイトがそう告げた瞬間、城壁の上の総司令官が、狂乱の形相で剣を振り下ろした。
『全砲門、放てぇぇぇっ! あの不気味な箱馬車を、分子レベルで消滅させろ!!』
ドォォォォン!!!
数千の悪魔が一斉に放った魔導弩砲の集中砲火。それは一本の巨大な紫黒の光柱となり、大河を蒸発させるほどの破壊エネルギーとなって、カイトたちの車両へと一直線に殺到した。
「……等価交換」
カイトはハンドルから右手を離すと、ジャージのポケットから、大河都市で換金しておいた最高級の魔導結晶を数枚、ダッシュボードの空間へと提示した。
結晶が光の粒子となって消滅すると同時に、カイトの創造魔法によって、城門の防衛システムそのものをハッキングするための『超高密度魔導言語介入スクリプト』が空間に完璧に具現化された。
迫り来る破壊の光柱の総魔力量と、車の進軍速度、そして捧げた結晶の等価価値。そのすべてを計算式で回し、カイトは敵の攻撃エネルギーそのものを「書き換えの燃料」として理詰めで利用した。
パシィィィン!!!
激突の直前、数千の砲火が織りなす紫黒の光柱は、カイトの車の前面で完全に軌道を歪められ、熱量だけを綺麗に剥ぎ取られて、そのまま黒鉄の城門の『防衛結界の制御盤』へと逆流していった。
「な……、ば、馬鹿な!? 集中砲火のエネルギーが、すべて門の結界回路に吸い込まれていく……!?」
城壁の上の悪魔たちが驚天動地して叫ぶ中、カイトが上書きしたコードが、帝都の防衛システムを完全に掌握していく。
ガギギギギギ――ガシャァァァン!!!
次の瞬間、絶対に破られないと謳われた帝都の黒鉄の城門が、物理的な破壊を伴うことなく、システムエラーを起こしたように完全自動で左右へと、滑らかに開け放たれた。
それどころか、上書きされた信号が城壁の弩砲群へと逆流し、すべての砲門が火を噴くことなく一瞬で「機能停止(強制終了)」に追い込まれた。
「……防衛不備の解消を確認。これより総司令部へと直進する」
カイトは表情一つ変えずにアクセルを一定の踏み込みで維持した。
絶対の盾と矛を同時に一瞬で奪われ、総司令部が底なしの絶望と恐怖で完全に機能不全に陥る中、重厚なキャンピングトレーラーを牽引する漆黒の移動要塞は、何一つ破損することなく、帝都の中央へと堂々と滑り込んでいった。
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