第192話:軍国領内の直線道路と、迎撃の非論理性
国境の絶対防衛線を文字通り「解門」されたバル・ザザード帝国の領内は、砂漠の延長でありながらも、むき出しの赤茶けた岩肌が目立つ荒涼とした大地だった。
だが、そこを貫く軍用道路だけは、大軍勢を迅速に移動させるために強固な石造りで平坦に整備されている。
「……判定。路面状況、極めて良好。砂礫による摩擦抵抗の減少に伴い、巡航速度を時速七十五キロへと上方修正。目標座標までの到達予測時間を十一パーセント短縮」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージを纏ったまま、無表情で四輪駆動車のハンドルを握っていた。
背後に連結された高級キャンピングトレーラーも、乱れのない挙動で滑らかに牽引されている。
外の世界には、国境の失陥と怪物の侵入を知らせる帝国の魔導烽火が何本も立ち上り、ものものしい警戒態勢が敷かれているが、車内はエアコンディショナーの心地よい冷気と静寂が保たれ、完全に外界のノイズから隔離されていた。
「カイト様、この道路、とっても走りやすいですね! あ、ちょうどお鍋の特製シチューが完璧な温度で煮込み終わりましたよ!」
連結通路から助手席へと滑り込んできたリアが、ジャージの袖を少し余らせた手で、熱々のシチューが盛られた深皿をカイトのサイドテーブルへとセットした。
連日の完璧な睡眠と栄養摂取により、彼女の獣人としての五感は、遥か数キロ先で蠢く不穏な気配をすでに明瞭に察知している。
「ふふ、お外では鎧を着たトカゲたちが血眼になって走り回っているというのに、私たちは涼しい部屋で出来立てのシチューね。本当にこのお家は、人間の浅知恵で作られたどんな一等客室よりも合理的だわ」
本革のローソファに深く腰掛け、優雅にスプーンを口に運んでいたエルザが、不敵に赤い瞳を細めた。
真祖としての強大な魔力は、このラグジュアリーな空間の中で微塵も衰えることなく、常に満床状態を維持している。
「……栄養素の摂取は、個々の最適化に直結する。……リア、前方に構造不備(障害物)だ。警戒を」
「はい!」
カイトが冷徹に告げると同時に、四輪駆動車のフロントガラスの向こう、軍用道路を完全に塞ぐようにして、一つの「巨大な障害物」が姿を現した。
それは、国境突破の報を受けて緊急展開した、帝国軍の『魔導装甲巨馬車』――何頭もの巨大な地竜に引かせた、家一軒ほどもある分厚い鉄板と防護魔法で固められた移動要塞だった。
その巨体の各所からは無数の銃眼が突き出ており、中央の大型魔導砲が、カイトたちの車両へと禍々しい魔力光を放ちながら照準を合わせている。
『国境を破りし大逆の賊よ! 帝国の誇る魔導兵器の前に、その異形の車両ごと塵に還るが良い! ……魔導砲、放てぇっ!!』
鼓膜を聾するような爆音とともに、巨馬車の中央砲口から、一撃で城砦の門を消滅させるレベルの圧縮熱線が一直線に放たれた。
「カイト様!」
「……否。車体を停止させる必要性はない。エネルギー効率の最適化を行う。……等価交換」
カイトは右手でハンドルを保持したまま、ジャージのポケットから数枚の銀貨を取り出し、ダッシュボードの空間へと提示した。
コインが淡い光の粒子となって消滅すると同時に、カイトの創造魔法によって、四輪駆動車のフロントバンパーの前面に、現代の最新テクノロジーを魔導変換した『多層防御型電磁流体シールド(MHD防壁)』の構造が完璧に具現化された。
迫り来る破壊の熱線と、車の巡航速度、慢心する敵兵が放った攻撃の規模、そして捧げた銀貨の等価価値。そのすべてを計算式で回し、カイトは正面衝突の軌道上で「論理的な相殺」を敢行した。
ドガァァァン!!!
凄まじい閃光が炸裂したが、カイトの車のフロントガラスには、塵一つ分の衝撃すら届かなかった。
放たれた熱線は、具現化された電磁シールドの表面で完璧に中和・霧散し、エネルギーの指向性を逆転されて、そのまま敵の装甲巨馬車へと直撃の軌道で跳ね返っていったのだ。
「な……、ば、馬鹿な!? 魔導砲の威力を、そのまま反射しただと――」
ズドォォォン!!!
自らの最大出力の熱線を正面から喰らった魔導装甲巨馬車は、前方を引いていた地竜ごと大爆発を起こし、一瞬にして自壊して燃え盛る鉄屑へと変わり果てた。
その余波の爆風だけで、周囲の重装歩兵どもはゴミのように四方へと吹き飛んでいき、軍用道路の進路は一瞬で「綺麗に掃除」された。
「相変わらず、戦うという行為すらただの作業に見える手際ね。本当に退屈しないわ、貴方の隣は」
エルザが可笑しそうにグラスを揺らし、ソファに深く背を預けた。
「……残存不備の均質化を確認。速度および軌道を維持。これより、帝国首都への最短アプローチを開始する」
カイトは表情一つ変えずにシチューを一口口に運ぶと、アクセルを一定の踏み込みで維持した。
軍国の誇る移動要塞が一瞬で自滅したという報が、バルザザード帝国の総司令部を底なしの狂乱へと叩き落とす中、漆黒の移動要塞は何一つ破損することなく、帝都へ向けて冷徹に距離を縮め続けていた。
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