第147話:排熱の街と、職人長の誓い
大百足の巨体が地響きを立てて横たわり、砕けた甲殻の隙間から緑色の魔力が霧散していく。
主炉の排気口を塞いでいた障害が取り除かれた瞬間、ゴオォォォ、と激しい音を立てて溜まっていた煤煙と熱気が一気に外部へと排出された。地下都市を震わせていた不気味な管鳴りは、瞬く間に静まり返っていく。
「……判定。主炉の排気圧、正常値に復帰。……これでガルドヘイムが自壊する確率はゼロになったな」
カイトは手についたカーボンシートの切れ端を無造作に捨て、漆黒のジャージの袖を引いた。
相変わらず自動洗浄機能は完璧で、煤煙の渦中にいたにもかかわらず、彼の衣服には汚れ一つ残っていない。
「……はぁ。一撃で叩き割るなんて、あの頑固親父、見かけ通りの馬鹿力ね」
エルザが調律杖の先で大百足の残骸を突きながら、ようやく息を整えた。
その横では、リアが「さすが職人長さんです!」と目を輝かせている。
当のガルバンは、己の手にある大槌を信じられないといった様子で見つめ続けていた。
カイトが施した、黒い炭素繊維のシートによる補強。それはドワーフの伝統的な鍛冶技術には存在しない、極めて合理的で冷徹な「理詰めの修繕」の跡だった。
「……おい、人間」
ガルバンがのっそりと歩み寄り、カイトの前にその巨体を揺らして立ち塞がった。
周囲のドワーフの若手職人たちが「職人長を呼び捨てにした不届き者だぞ」「揉めるか?」と固唾を呑んで見守る。
「……何だ。まだ大槌のバランスに不備でもあるか」
カイトは視線すら上げずに淡々と応じる。
「いや……完璧だ。ブレがねぇ。衝撃が全部芯に伝わりやがる。……おい、お前、この『黒い布』と『透明な液』は一体どこの鉱山で採れる素材だ? どんな火を当てればこんな接合ができる?」
ガルバンは怒るどころか、職人としての旺盛な好奇心を隠そうともせず、カイトに詰め寄ってきた。
「……答える必要はない。等価交換の素材として俺の頭の中にだけあるものだ。……それより、不備は片付いた。約束通り、ここの『魔導結晶』と、次の領域への通行権をもらうぞ」
カイトがそう告げると、ガルバンは豪快に笑い声を上げ、大槌を床にドスンと置いた。
「ガハハ! 気に入った! 腕のいい職人に人種も格好も関係ねぇ! おい、野郎ども! この恩人に、ガルドヘイムで一番上等な『黒鉄の魔導結晶』をありったけ持ってこい!」
職人長の号令に、それまで遠巻きに見ていたドワーフたちが一斉に歓声を上げ、奥の倉庫へと走り出した。
「ふん、エルフの王様よりは、少しは話が分かるみたいね」
エルザが口元を緩め、リアも「お肉の匂いもしてきました!」と嬉しそうに鼻を鳴らす。
カイトは運ばれてきた黒光りする重量感のある魔導結晶の箱に手を触れ、等価交換の触媒として、背負い袋の空間へと静かに格納した。エルフの里に続き、ドワーフの国でも莫大なリソースの確保に成功したことになる。
「……よし、物資の補充は完了だ。……行くぞ、リア、エルザ。次の不備が待っている」
「はい、カイト様!」
カイトは再び四輪駆動車の運転席へと乗り込み、魔石のエンジンを始動させた。
ドワーフたちの見送る中、鉄の怪物はいっそう激しい咆哮を上げ、黒鉄の迷宮のさらに奥、次なる未開の地へと向かって、力強く走り出した。
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