第146話:職人の意地と、壊れた大槌
鉄喰い百足の残骸が転がる黒鉄の門をくぐり、カイトたちはガルドヘイムの内部へと進んだ。
地下都市の空気は、地底を流れる溶岩の熱気と、数千の鍛冶炉から吐き出される煤煙で満ちており、息を吸い込むだけで胸が熱くなるほどだ。
案内された最深部の巨大な工房『黒鉄の心臓』では、一人の巨漢のドワーフが、真っ赤に焼けた巨大な金属塊を前に立ち尽くしていた。
彼こそが、この街の鍛冶職人たちを束ねる職人長ガルバン。
その手にあるはずの象徴――身の丈を超えるほどの大槌は、金属疲労によって頭部から真っ二つに叩き割れ、床に転がっていた。
「クソがッ! 肝心な時にこれだ! これじゃあ、奥の主炉を塞いでいる『鉄喰いの母』の甲殻を叩き割ることもできねぇ!」
ガルバンは煤まみれの顔を歪め、悔しげに拳を床に叩きつけた。
彼の背後、街のすべてのエネルギーを賄う主炉の排気口には、先ほどの百足を遥かに凌ぐ巨体を誇る、文字通り鉄の砦のような大百足がのしかかり、炉の熱を貪り食っていた。排気が出口を失い、地下の鉄管が爆発寸前の悲鳴を上げている。
「……判定。不備の連鎖だな。武器が壊れたから敵が倒せず、敵が倒せないから街が吹き飛ぶ。……実に見事な機能停止だ」
カイトが冷淡な声を響かせると、ガルバンが血走った目で振り返った。
「なんだァ、そのナメた格好の人間は! 衛兵ども、なぜこんなガキをここに通した!」
「職人長、待ってください! この人間ども、門の前で鉄喰いの群れを一瞬で轢き潰してきたんです!」
案内してきた衛兵が慌てて割って入る。
「……リア、エルザ。あの巨大な個体が主炉から動かないよう、注意を引け。……三分でいい」
「了解です、カイト様! あのでっかいの、私が翻弄してみせます!」
カイトの『身体強化』を受けたリアが、凄まじい踏み込みで主炉の天辺へと躍り出る。双牙の柄をカンカンと打ち鳴らし、大百足の無数の複眼をこちらへ向けさせた。
「私の魔力、無駄遣いさせないでよね! ……燃えなさい!」
エルザが調律杖を突き出し、大百足の顔面にピンポイントで高熱の火球を叩き込む。
大百足が怒りの咆哮を上げ、自慢の硬い顎をバチバチと鳴らしながら二人へ飛びかかった。
「おい、お前! 何をする気だ!」
ガルバンが叫ぶ中、カイトは床に転がっている真っ二つに割れた大槌の前にしゃがみ込んだ。
頭の中で所持金から対価を支払い、必要な元素をイメージする。等価交換の能力により、ジャージのポケットから取り出したのは、現代の『超高強度炭素繊維の補強シート』と、金属を瞬時に接合する『強力な瞬間硬化剤』だった。
カイトは割れた大槌の断面に硬化剤を容赦なく流し込み、力任せに二つの金属塊を噛み合わせた。さらにその上から、鉄の数十倍の引張強度を持つカーボンシートを、ペンチの柄を使って寸分の隙間もなく強固に巻き付け、物理的に補強していく。
「……よし。リア、エルザ、下がれ」
カイトの指示と同時に、二人が大きく後方へバックステップを踏む。
カイトは修繕したばかりの大槌の柄を掴み、ドワーフの職人長へと無造作に放り投げた。
「……おい、お前。職人を名乗るなら、道具のせいにするな。……その鈍器で、さっさとあの不備を叩き潰してこい」
ガルバンは飛んできた大槌を片手で受け止め――その異様な軽さと、吸い付くような剛性に目を見張った。
「な……なんだこの補強は!? 軸が全くブレねぇ……! 買った時より頑丈になってやがる!」
ドワーフの瞳に、本物の職人としての火が灯る。
ガルバンは大槌を大きく振りかぶり、爆音を上げて突撃してきた大百足の脳門へと、地鳴りのような一撃を叩き込んだ。
ドゴォォォォォン!!
カーボン補強された大槌は、衝撃を一切逃がすことなく大百足の鉄の甲殻を粉砕し、その巨体を一撃で床へと叩き伏せた。
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