第143話 大樹の復活
ガリガリ、シュッシュ、と不快な金属音が最深部の空気に響き続ける。
カイト、リア、エルザの三人がかりによる地道な削り出し作業は、それから一時間以上も続いた。
床には、剥ぎ取られた赤黒い錆の塊が、うずたかく積み上がっている。
「……はぁ、はぁ……っ! カイト様、この辺りは、全部削り落とせました!」
リアがジャージの袖で額の汗を拭いながら、スクレーパーを引く。
彼女の奮闘の甲斐あって、球体の大半を覆っていた硬い地層は消え去り、その下から瑞々しい樹皮が完全に露出していた。
「……エルザ、最後の洗浄液をそこに回せ。……仕上げだ」
「分かったわよ……! これで、本当に最後ね!」
エルザが調律杖を掲げ、ボトルの残りの酸性液を均等に散布する。
シュワシュワと微かな泡を立てて最後の薄い膜が溶け出した瞬間、カイトは手にしたワイヤーブラシを強く横に引いた。
パキィン!
まるで硬い氷が割れるような美しい音が、最深部に響き渡る。
次の瞬間、赤黒い錆に覆われていた世界樹の『命の核』が、本来の姿を取り戻した。それは、見る者の目を奪うほどに深く、澄み切ったエメラルドグリーンの光を放つ巨大な結晶体だった。
ドクン――!
それまで苦しげに震えていた核が、一度、大きく深く脈動した。
地鳴りのような重低音と共に、最深部から天井へ向かって、目に見えるほどの濃密な緑の光の粒子が、凄まじい勢いで駆け上がっていく。
「……判定。不純物の完全除去、および魔力循環の正常化を確認。……これで目詰まりは起きない」
カイトは手にしたブラシと工具を、等価交換の感覚でジャージのポケットへと収めた。
彼の漆黒のジャージは、飛び散った酸性液や錆の粉を自動洗浄機能で弾き飛ばし、相変わらず新品のような鈍い光沢を保っている。
「……んっ、ぁ……」
突然、エルザがその場にへたり込み、自身の胸元を強く押さえた。
「エルザさん!? 大丈夫ですか!?」
リアが慌てて駆け寄るが、エルザは驚いたように自分の両手を見つめ、それから信じられないといった様子で顔を上げた。
「……違うの、リア。痛みが……消えたわ。大樹の魔力が正しく循環を始めたせいで、この土地全体の魔導の歪みが直ったのよ。私の魔力回路の呪いが……驚くほど静かになっているわ」
いつもどこか苦しげだった彼女の表情に、本当の安堵が広がる。
カイトはその様子を淡々と見つめながら、最深部の出口へと歩き出した。
「……当然だ。土地の基盤が腐っていれば、そこに住む者の体調にも不備が出る。……行くぞ。王が上で待っている。……正当な対価を受け取りに行く」
王宮の謁見の間に戻ると、そこは先ほどとは比べ物にならないほどの歓喜に包まれていた。
窓の外を見れば、里の枯れ木が一斉に青々とした緑の葉を茂らせ、干上がっていた小川には並々と清流が満ち溢れている。
「おお……! 戻られたか、異邦の職人よ!」
エルフの王が、玉座から立ち上がり、自らカイトたちの元へと歩み寄ってきた。その顔には、かつての傲慢な王としての影はなく、一人の管理責任者としての深い感謝の念が浮かんでいた。
「里の全域から、大樹の息吹が完全に蘇ったとの報告が届いている。……お前たちの成した仕事は、我が国の歴史に永遠に刻まれるだろう。さあ、約束の報酬だ」
王の合図と共に、数人の衛兵が、まばゆい光を放つ緑色の特大の結晶――最高純度の『魔導結晶』がぎっしりと詰まった木箱を運んできた。
「……判定。提示された重量を十分に満たしている。……等価交換の触媒、および今後の資金源として、正当に受領する」
カイトは木箱に手を触れ、そのすべてをジャージの背負い袋の空間へと格納した。
これで、ポート・ルミナス編におけるカイトの懐事情とリソースは、格段に跳ね上がったことになる。
「……これにて、エルフの里の修理は完了だ。……伝統を重んじるのは勝手だが、定期的な掃除を怠るなよ、王よ」
カイトは最後にそう言い捨てると、引き止める王や貴族たちの声を背に、迷いのない足取りで謁見の間を後にした。
「カイト様、次はどこへ向かうんですか?」
リアが嬉しそうに足取りを軽くして隣を歩く。
「……決まっている。この結晶を元手に、さらに効率的な装備と物資を整える。……俺たちの研修は、まだ終わっていない」
漆黒のジャージを纏った三人の影は、完全に蘇った黄金の里の光を浴びながら、次の目的地へと向かって、悠然と歩みを進めていった。
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