第128話:影の設計者と、等価交換の追跡
診療所の白いカーテンが、海から吹き込む微風に揺れている。
アイリスと名乗った少女は、カイトの放つ冷徹な気配に身をすくませたが、リアがそっとその手を握ると、少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「……その人は、銀色の髪をしていて……。……とっても綺麗な声で笑うの。……『君は選ばれたんだよ』って、背中にあの黒い杭を……」
少女の話によれば、その男はポート・ルミナスの北にある古い灯台の跡地に潜んでいたという。
旅の商人を装っていたが、その持ち物には見たこともない奇妙な魔導具が溢れていた。
「……銀髪の男、魔導具の専門家、あるいは技術者か。……判定、重要ターゲット。……その男が、この世界の理に不要な『不備』を作り出している源流である可能性が高いな」
カイトは窓の外、北の海岸線へと視線を向けた。
アイリスの背中に打ち込まれていたあの杭は、単なる嫌がらせではない。高度な計算に基づき、少女の魔力を強制的に引き出す「外部エンジン」だった。そのようなものを創り出せる存在は、この世界でも極めて限られている。
「……カイト、行くんでしょ? ……その銀髪の男のところへ。……私の呪いと似た気配の杭を作った奴だもの、私も一言文句を言わないと気が済まないわ」
エルザが杖の先端を床にコツンと突き、不敵な笑みを浮かべる。
彼女にとっても、自分の人生を狂わせている「呪い」の正体に近づく絶好の機会だ。
「……当然だ。……悪意を持って事象を歪める者は、その対価を支払わねばならない。……リア、アイリスを診療所のスタッフに預けろ。……俺たちはこれより、北の灯台跡へ向かう」
「了解しました、カイト様! ……アイリスちゃん、大丈夫だよ。……カイト様が、その悪いおじさんを絶対に捕まえてくれるからね」
リアが優しくアイリスの頭を撫でると、少女は不安そうながらも、小さく頷いた。
診療所を出た三人は、そのまま北の海岸線へと続く険しい道へと足を進めた。
道中は切り立った崖が続き、潮飛沫が常に舞い上がる過酷な環境だ。
しかし、彼らが纏う漆黒のジャージは、その飛沫さえも『環境適応』の力で瞬時に弾き、内側を常に清潔で快適な状態に保っている。
カイトは歩きながら、自身の魔力残量を確認した。
「……等価交換。……蓄積された感謝ポイントの一部を消費。……周辺の地形データを再構築し、最短ルートを導き出す」
カイトの脳内に、複雑な等高線と隠された獣道のデータが流れ込む。
彼は迷うことなく、一見すると崖崩れで塞がっているように見える細い道へと踏み出した。
「……こっちだ。……あと三十分で、灯台跡の座標に到達する。……エルザ、杖の出力を七割まで上げておけ。……相手が技術者なら、周辺に防衛用の『罠』を仕掛けているはずだ」
「……言われるまでもないわ。……いつでもいけるわよ」
エルザが魔力を練り、杖の周囲に冷たい冷気が渦巻き始める。
リアもまた、重心を低く保ち、いつでも飛び出せるように身体を絞り込んだ。
やがて、霧の向こうに、半ば崩れ落ちた巨大な石造りの灯台が見えてきた。
その周囲には、不気味なほど静かな空間が広がっている。
だが、カイトの冷静な眼差しは、地面に描かれた微かな幾何学模様――大規模な魔力増幅陣の痕跡を逃さなかった。
「……出迎えの準備はできているようだな。……等価交換。……相手の悪意を、こちらの戦術的優位へと書き換える。……行くぞ、ブルームーン」
漆黒のジャージを揺らし、三人は世界のバグを修正するために、闇の奥へと踏み込んでいった。
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