第129話:崩れた灯台と、冷たい歓迎
北の果て、断崖絶壁に突き出した古い灯台は、まるで海を見守る墓標のように佇んでいた。
かつては船乗りの指標であったであろうその場所は、今や崩れた石材が散乱し、不気味な静寂に支配されている。
カイトが灯台の入り口へと一歩踏み出した瞬間、足元の石畳に刻まれていた紋様が、毒々しい紫色の光を放った。
「……トラップ作動。……大規模な魔力吸引陣だ」
カイトが冷静に告げると同時に、周囲の空気が一気に重くなり、目に見えない渦が三人の魔力を強引に引き抜こうと襲いかかる。
だが、彼らが纏う漆黒のジャージは、その外部からの干渉を『魔法耐性』によって最小限に食い止めていた。
「……等価交換。……この陣が奪おうとするエネルギーを、逆にこちらの防御膜へと転換しろ。……『アクア・バリア』」
カイトが地面に手をかざすと、奪われかけていた魔力が瞬時に形を変え、三人を包み込む強固な水のドームへと再構築された。
紫の光は水の壁に弾かれ、霧散していく。
「……あら、随分と安っぽい歓迎ね。……私の呪いの方が、よっぽど粘り強いわよ」
エルザが退屈そうに言いながら、杖の先で地面の紋様を軽く叩き壊した。
その直後、灯台の奥から拍手の音が響いた。
「……素晴らしい。……私の『魔力吸収陣』を、これほど鮮やかに、しかも別の魔法の燃料に書き換えるとは。……君たちが、入り江の不備を直したという『管理者』かな?」
崩れた階段の陰から、一人の男が姿を現した。
アイリスの言葉通り、透き通るような銀髪を背中まで伸ばした、細身の男だ。
白い端正な顔立ちには、慈悲深い笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥には、命を単なる材料としか見ていないような、冷徹な狂気が潜んでいた。
「……銀髪の男。……確認。……お前がアイリスにあの杭を打ち込んだ張本人か」
カイトの声には、怒りも憎しみもない。
ただ、壊れた機械の部品を特定したときのような、淡々とした響きだけがあった。
「……私はゼノ。……この世界の『可能性』を広げるための研究者だ。……あの少女はね、素晴らしい才能を持っていた。……あの杭一つで、彼女は一国の艦隊を沈められるほどの力を手に入れたんだ。……感謝されてもいいはずなんだがねぇ?」
「……お前の勝手な理屈に、あの子の人生を巻き込むな。……その『悪意』は、等価交換の対価として重すぎる」
カイトの指先が、僅かに動く。
リアはカイトの意図を察し、重心を極限まで下げて、いつでも飛び出せるように身体を絞り込んだ。
「……対価? ……ふふふ、面白いことを言う。……なら、君たちのことも調べてあげよう。……その奇妙なジャージも、君の持つ『書き換え』の力も、私のコレクションには相応しい」
ゼノが懐から小さな魔導器を取り出し、スイッチを押した。
すると、灯台の壁から無数の黒い触手が飛び出し、三人の四方を瞬時に包囲した。
「……リア、全方位回避。……エルザ、出力を九割まで上げろ。……根源を叩く」
「了解!」
「言われなくても、ぶっ飛ばしてあげるわ!」
崩れかけの灯台を舞台に、世界の理を巡る二人の「管理者」による、冷徹なデバッグが始まった。
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