第124話:等価交換のリペア
カイトの指先から溢れた光が、少女の背に突き刺さる「黒い杭」を包み込んだ。
その瞬間、杭から噴き出していた禍々しい魔力が、カイトの腕を伝って逆流しようと牙を剥く。
「……抵抗するか。だが、それも『燃料』に過ぎない」
カイトは顔色一つ変えず、自身の魔力を杭の深部へと送り込んだ。
この杭は、あくまで外部から打ち込まれた「異物」だ。エルザの魂にまで癒着している呪いとは違い、構造さえ理解すれば、今のカイトの魔力でも分解・再構築が可能だった。
漆黒のジャージが、周囲の余剰な魔力を吸い取り、カイトの魔力をさらに増幅させる。
バキバキと、少女の背中で不吉な音が響く。それは杭が壊れる音ではなく、彼女の身体に無理やり繋げられていた歪な回路が、カイトの魔力によって本来の形に組み替えられる音だった。
「……事象修復、最終段階。……消失しろ」
カイトが低く呟くと、眩い光が杭を内側から爆発させた。
激しい衝撃が入り江を揺らしたが、リアとエルザには届かない。カイトが魔力を放ち、衝撃の方向をすべて上空へと逸らしたからだ。
光が収まると、少女の背中にあった黒い杭は、塵一つ残さず消え去っていた。
それと同時に、辺りを支配していた不自然な重力も完全に消滅し、ただの静かな潮溜まりへと戻る。
「……あ、……ぁ…………」
少女の口から、掠れた吐息が漏れた。
焦点の合わなかった彼女の瞳に、ようやく生きた人間としての色が宿る。彼女はリアに腕を掴まれたまま、力なくその場に座り込んだ。
「……お疲れ様、リア。もう離していい。……エルザ、念のためにあの子の魔力を安定させろ。……『エリアヒール』」
カイトが掌を広げると、柔らかな緑の光が周囲を包み込む。
少女だけでなく、重圧に耐えていたリアと、魔力を激しく消耗したエルザの疲労も、波が引くように癒えていった。
「……ふぅ、助かったわ。……でもカイト、今のあの子の『杭』……私の呪いと少し似た気配がしたわ」
エルザが杖を収め、自身の胸元に手を当てる。
外部から打ち込まれた杭は消えたが、彼女の内に根ざす呪いは、依然としてその深い場所で脈打っている。
「……ああ。この杭を作った技術は、お前の呪いの根源に近い。……だが、絶望する必要はない。今回、この杭を分解したことで、お前の魔力回路を正常化するための『設計図』の断片を手に入れた」
カイトは自身の内側に溜まった「感謝ポイント」と、新たに解析されたデータの通知を見つめた。
単なる魔物討伐では得られない、エルザの治療に繋がる貴重な一歩だ。
「……カイト様、この子……眠っちゃいました。……でも、さっきよりずっと穏やかな顔です」
リアが少女を優しく抱きかかえ、カイトを見上げる。
「……判定、成功。……入り江の環境異常を排除。……等価交換により、新魔法『グラビティ・ランス』の習得条件を満たした」
一人の少女を救い、この地域の物流を脅かしていた重力異常を解決した報酬は、これまでの旅とは比較にならないほど莫大だった。
「……さて、この『杭』の出処を洗う必要があるな。……ポート・ルミナスへ戻るぞ。……エルザ、いつか必ず、その中身もリペアしてやる」
カイトは珍しく、エルザの瞳を真っ直ぐに見て告げた。
最強の装備と、少しずつ取り戻していく力。
ブルームーンの影が、穏やかさを取り戻した海面に長く伸びていった。
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