第120話:潮風のクレーンとリペアの真髄
広場での小競り合いを収めたカイトたちは、そのまま港の深部、物流の要である大型桟橋へと足を向けていた。
そこには、三十メートルを超える巨大な魔導クレーンが、無残にも途中で動きを止めたまま沈黙していた。周囲には困り果てた様子の荷役作業員たちと、積荷の停滞に苛立ちを隠せない商人たちが群がっている。
「……カイト様、あの機械の奥から、焦げたような、魔力がショートしたような嫌な音が聞こえます。……無理に動かそうとして、中の回路が悲鳴を上げているみたいです」
リアが犬耳をピクリと動かし、周囲の騒音の中から正確に異音を拾い上げた。彼女の黒いジャージは、港特有の湿り気を帯びた海風を自動で弾き飛ばしており、その動作を一切妨げない。
「……構造解析。……経年劣化による塩害腐食、および魔力伝導率の低下。……限界を超えた負荷が、中央制御回路の保護素子を焼き切っている。……放置すれば、数時間以内に物理的な倒壊のリスクがあるな」
カイトは無表情のまま、巨大な鉄の脚を見上げた。本来の管理者権限があれば、指一本で全盛期の状態へと書き換えられる。だが、今の彼に許されているのは、地道な権能の行使のみだ。
「……おい、あんたたち! そこは危ない、近づくんじゃねえ!」
作業員の一人がカイトたちを制止しようとしたが、カイトはその声を無視してクレーンの基部に手を置いた。
「……対価、および魔力を充填。……事象復元――『初期公差内への固定』」
カイトの掌から、静かな青い光がクレーンの鉄骨を伝って広がっていく。それは魔法のような派手な爆発ではなく、錆び付いた歯車が噛み合い、歪んだボルトが本来の位置へと収まっていく、極めて精密な「修正」の波動だった。
「……エルザ、杖の先端を回路の接続部に向けろ。……微弱な魔力を流し込み、私のリペアによる再構築のガイドになれ」
「……注文が多いわね。……いいわ、この街の物流が止まると、私のディナーの魚まで届かなくなるものね」
エルザがジャージの袖を捲り、杖を突き出す。彼女の呪われた回路から漏れ出す魔力を、カイトの制御が「修正のエネルギー」として適切に配分していく。暴走しがちな彼女の力も、カイトの緻密な管理下にあれば、最高級の補修材へと変貌した。
――キィィィン、と高い金属音が響き、クレーンの魔導宝珠が再び淡い輝きを取り戻す。
止まっていた巨大な腕が、滑らかな動作で再び動き出した。それまで呆然と見ていた作業員たちから、地鳴りのような歓声が上がる。
「……う、動いた! 直ったぞ! ……あんたたち、一体何者なんだ……!?」
カイトは作業員の問いには答えず、自身の手元に流れ込んでくる膨大な「感謝ポイント」の通知を眺めていた。港一つを機能停止から救った対価。それは、草原で魔物を倒すよりも遥かに効率的な蓄積だった。
「……感謝ポイント:大幅増。……全魔法のレベルアップ条件、および新規魔法『アクア・バリア』の取得条件を満たした」
カイトは静かに告知を確認し、二人を促して桟橋を離れた。
「……カイト様、すごいです! クレーンが動いたおかげで、あんなにたくさんの方が喜んでいます」
「……効率が上がっただけだ。……喜ぶのは、エルザの呪いを解くリソースを確保してからにしろ」
カイトはそう言いながら、港の屋台から漂ってくる香ばしい匂いに目を向けた。この街は活気に溢れ、見たこともない海の幸が並んでいる。わざわざジャージの食料を使う必要はない。
「……作業完了だ。……昼食にする。……ポート・ルミナスの名産、塩焼きの地魚と貝のスープを注文するぞ。……対価は先ほどの報酬で十分だ」
「やったぁ! カイト様、私、あの大きなエビみたいなのが気になってたんです!」
「……ふん。……さすが管理者様、たまには粋な計らいをするじゃない。……いいわ、今日は思いっきり新鮮な海の幸を味わせてもらうわよ」
エルザが満足げに杖を収める。
漆黒の装束を纏った三人は、再始動したクレーンを背に、活気溢れる市場の食堂へと足を踏み入れた。
ポート・ルミナス。
この潮騒の街での物語は、港の心臓を呼び覚ました彼らの快進撃と共に、より深い場所へと動き出そうとしていた。
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