第115話:蓄積の証明と、静かなる夜
草原での魔物討伐を終え、日が傾き始めた頃。
カイトたち『ブルームーン』の三人は、黄金色に染まる草原をリスタの街へと向かって歩いていた。
先ほど倒した『マッド・ボア』の素材は、カイトがその場で「事象出力」の対価として変換し、消滅させている。
重い荷物を背負う必要がないのは、このパーティの大きな利点だ。
「……カイト様、先ほどの身体強化、以前よりも持続時間が伸びたように感じます。……回避の最中、足元の感覚がずっと鮮明でした」
前方を歩くリアが、振り返りながら嬉しそうに報告する。
彼女の纏う漆黒のジャージは、激しい戦闘を経た後だというのに、自動洗浄機能によって一筋の汚れも残っていない。
魔法耐性と物理耐性を兼ね備えたその黒い布地は、夕陽を反射することなく、静かに彼女の肢体を包んでいた。
「……お前のレベルが上がったわけではない。……俺の『身体強化』の魔法レベルが、蓄積された感謝ポイントによって僅かに上昇した結果だ。……効率が上がれば、それだけ魔力のロスも減る」
カイトは淡々と答えるが、その視線は手元の空中に表示された不可視のログ――彼にしか見えない「管理者画面」を追っていた。
今回の討伐と、それによって安全を確保された農夫たちからの「感謝」。
それは確実に、神に制限されたカイトの権能を再構築する糧となっていた。
「……ヒール、エリアヒール、リペア、身体強化、そしてグラビティ。……ようやく、初期の権能群が安定期に入ったか」
カイトの独り言を、後ろを歩くエルザが聞き咎める。
彼女もまた、黒いジャージのポケットから精製された一口サイズのクッキーを取り出し、咀嚼していた。
一日二食、決まった時間にポケットから現れるこの食料は、栄養価が高く、彼女の呪われた魔力回路を鎮めるためのささやかな一助となっている。
「……ふん。魔法のレベルだか何だか知らないけれど、私の火球がしっかり当たったのは、貴方の重力のタイミングが完璧だったからよ。……少しは褒めてもいいんじゃないかしら?」
「……褒める必要はない。……エルザ、お前は杖の制御に集中していた。……出力のブレが以前より三%減少している。……それは事実だ」
「……三%って、また細かいわね……。……まあ、いいわ。貴方に認められるのは、呪いが解けるのと同じくらい難しいことみたいだし」
エルザは呆れたように肩をすくめたが、その表情に悲壮感はなかった。
カイトという「管理者」に出会い、この奇妙なジャージを纏い、杖を通して力を外に逃がす術を得てから、彼女の絶望的な日々は確実に変わり始めていた。
やがて、三人はリスタの街の門を潜った。
門番の兵士たちが、揃いの黒装束に身を包んだ彼らを見て、僅かに姿勢を正す。
名前こそ売れていないが、その「仕事」の確実さと、一切の汚れを感じさせない異質な佇まいは、既に一部の鋭い者たちの注目を集め始めていた。
宿に戻った三人は、いつものように食堂の隅の席を確保した。
カイトは懐から、今日得た報酬の一部である銀貨を数枚、テーブルに置く。
「……対価支払い――事象出力。……本日の特別報酬を生成しろ」
銀貨が粒子となって消え去り、代わりに現れたのは、美しくデコレーションされた『とろけるプリン』が三つだった。
滑らかな表面にはキャラメルソースが滴り、バニラの甘い香りが周囲の空気を一変させる。
「……プリン! ……昨日のお菓子も凄かったですけど、これもプルプルしてて美味しそうです!」
リアの尻尾が激しく左右に振れ、ジャージの背中側が僅かに膨らむ。
彼女にとって、カイトから与えられるこの現代のデザートは、過酷な回避の任務をこなすための最大の「報酬」だった。
「……本当、貴方の出すものは見たことがないものばかりね。……でも、悪くないわ。吸血鬼の誇りにかけて、じっくり味わせてもらうわよ」
エルザも銀のスプーンを手に取り、優雅に、だがどこか待ちきれない様子でプリンを掬い上げる。
カイトは自分自身の分を一口、無感情に口に運んだ。
甘さが脳を刺激し、思考の回転が僅かに速まる。
魔法のレベルアップ。
装備の調整。
感謝ポイントの収集。
すべては「不自由」を克服するための、冷徹なまでのプロセスだ。
だが、隣で幸せそうに頬を緩める二人の姿を見ても、カイトはそれを「効率を乱すもの」とは切り捨てなかった。
むしろ、彼女たちの精神的な安定こそが、長期的なリソース管理において最も重要であることを、今のカイトは理解しつつあった。
夜のリスタ。
宿の外では喧騒が続いているが、ブルームーンのテーブルだけは、静かで、どこか温かな空気が流れていた。
「……リア、明日は早朝から出発する。……身体強化の持続時間を、さらに二割伸ばすための訓練を行うぞ」
「はい、カイト様! どこまででもついていきます!」
「……私も付き合ってあげるわよ。……その代わり、明日のデザートはもっと凝ったものにしなさいよね」
カイトは返事をせず、ただプリンを最後の一口まで綺麗に平らげた。
神に奪われた権能。
制限された魔法。
それでも、カイトは確かに、この世界の「理」を自らの手で書き換え続けている。
一歩、また一歩と。
黒いジャージの裾を翻し、彼らの物語は、明日という名の「更新」へと向かっていく。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこの「ジャージ管理者の等価交換ファンタジー」を面白いと思ってくださったら、ぜひ評価の「星」やブックマークで応援していただけると、カイトの魔力と作者のモチベーションがリペアされます!
よろしくお願いいたします。




