第114話:草原の魔物と連携の習熟
リスタの街の西側に広がる平原。
そこには、近隣の農夫たちが恐れる『マッド・ボア』という大型の猪の魔物が数頭、街道を塞ぐように居座っていた。
カイトは草むらに身を潜め、無機質な視線で獲物の動きを観察する。
神の制限により、かつての全知全能の感覚は失われている。だが、地道な実地検証を繰り返してきた今の彼には、敵の突進の軌道と魔力の予兆がはっきりと見えていた。
「……カイト様、準備はできています。……いつでもいけます」
隣で低く身を構えるリアが、漆黒のジャージの裾を軽く整える。
彼女の役割は、その天性の素早さを活かした『回避タンク』だ。ジャージの直接攻撃耐性は万が一の保険であり、本質は「一撃も喰らわずに敵を引きつける」ことにあった。
「……よし、リア。まずは一頭、お前の速度で釣ってこい。……『身体強化』」
カイトが掌を向けると、リアの脚部を中心に淡い光が宿る。
魔法による底上げを受けた彼女は、弾丸のような速さで草むらを飛び出した。
「こっちです! ……遅いですよ!」
リアが『マッド・ボア』の鼻先をかすめるように走り抜ける。
激昂した巨体が咆哮を上げ、猛烈な勢いで彼女を追走し始めた。リアはそれを、ジャージの機能を活かした柔軟な動きで紙一重に避けていく。
「……標的を固定。……エルザ、杖を水平に。……『グラビティ』」
カイトが短く詠唱すると、リアを追っていた魔物の足元の重力が、局所的に数倍へと跳ね上がった。
ズシン、という鈍い音と共に、魔物の前足が地面にめり込み、突進の慣性が強制的に殺される。
「……お待たせ。……じゃあ、大人しく眠りなさい!」
背後で待機していたエルザが、カイトの用意した杖を振り抜く。
呪いの回路に細心の注意を払いながら、彼女は杖の制御を通して小さな火球を放った。
重力に縛られ、動きを封じられた魔物に、その魔法は正確に着弾した。
倒れ伏す魔物を確認し、カイトは静かに立ち上がる。
「……判定、成功。……グラビティによる拘束と、エルザの魔法の着弾時間にズレはない。……効率的な討伐だ」
「ふぅ。……これくらいの出力なら、まだ呪いも暴れ出さないわね。……感謝なさい、カイト。私の貴重な魔力を使ったんだから」
エルザがジャージのポケットから精製された焼き菓子を取り出し、疲労を補うために口に運ぶ。
リアも駆け戻り、汚れたはずのジャージが自動洗浄機能ですぐに新品同様に戻るのを見て、満足げに尻尾を振った。
「カイト様! 今の連携、すごくスムーズでした! ……これなら、もっと大きな獲物もいけるかもしれません」
「……調子に乗るな。……地道な積み重ねが、魔法のレベルアップへの唯一の近道だ」
カイトは自身の内側に届く、草原の精霊や困っていた農夫たちからの僅かな「感謝ポイント」の蓄積を確認し、小さく頷いた。
特別な奇跡はない。
だが、カイトの『身体強化』と『グラビティ』、リアの回避、エルザの火力。
パーティ『ブルームーン』の歯車は、確実に、そして力強く噛み合い始めていた。
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