第112話:ささやかな対価と甘い報酬
湿原での通行障害を排除し、銀貨十五枚を手に入れた『ブルームーン』の三人は、宿の食堂の隅で一息ついていた。
カイトは無表情に、テーブルの上に銀貨を数枚並べる。
彼には「お金や素材と引き換えに物を出せる」という特権がある。神によって多くの権能を制限された今の彼にとって、これは対価を支払うことで、この世界の理に干渉できる数少ない手段だった。
「カイト様……お疲れ様です。……私のジャージ、湿原の泥で汚れましたが、自動洗浄機能のおかげですぐに綺麗になりました。……直接攻撃も魔法も防いでくれるし、本当にこの装備は凄いです」
リアが尻尾を小さく振りながら、漆黒のジャージの袖を撫でる。
三人が揃いで纏うこのジャージは、防御能力に加え、一日二食の食料精製機能まで備えた、カイトが用意した最高効率の装備だ。
「……装備の維持に手間がかからないのは、効率的でいい。……それよりもリア、よく避けてくれた。お前が標的を買ってくれたおかげで、実証データが取れた」
「はい! カイト様のお役に立てるよう、もっと練習します!」
そんな二人のやり取りを、エルザが少し羨ましそうに眺めていた。
彼女の魔力回路に刻まれた呪いは、依然として彼女を苦しめている。カイトの用意した杖でようやく微弱な出力を制御できるようになったものの、彼女本来の力は未だ封じられたままだ。
「……ふん、私は杖を握っていただけだわ。……でも、少し疲れたのは確かね。カイト、約束していた『特別なご褒美』、そろそろ見せてくれてもいいんじゃない?」
カイトは黙って頷くと、並べた銀貨に手をかざした。
「対価支払い――事象出力。……デザートを再構築しろ」
銀貨が淡い光と共に消滅し、代わりにテーブルの上に現れたのは、現代の技術で作られた**『イチゴが乗ったホイップたっぷりのショートケーキ』**だった。
この世界の野暮ったい焼き菓子とは一線を画す、その白く柔らかな質感と甘い香りに、二人の目が釘付けになる。
「な、なにこれ……!? こんなに白くて、ふわふわした食べ物……見たこともないわ!」
「……これが、カイト様の力……。……凄いです、とても甘い匂いがします……」
カイトはフォークを二人に差し出した。
「……依頼の報酬だ。……エルザ、お前は呪いのせいで魔力の循環に常に負荷がかかっている。糖分を摂取して、脳の処理能力を維持しろ。……リアは、回避に神経を使った分のエネルギー補給だ」
「……あ、ありがとう。……いただきます」
エルザが恐る恐る一口、ケーキを口に運ぶ。
呪いの痛みで常に張り詰めていた彼女の表情が、その一口で劇的に緩んだ。
「……美味しい……。……こんなに優しくて、とろけるようなものがあるなんて……」
リアも幸せそうに耳をパタパタさせながら、丁寧にケーキを頬張っている。
カイトはその様子を眺めながら、蓄積され始めた「感謝ポイント」と、現在の手札を確認していた。
リペア、ヒール、エリアヒール、身体強化、そして重力を操るグラビティ。
これらはすべて、人々を助け、感謝をポイントに変えることで手に入れた、あるいは強化してきた力だ。
神の制限を突破し、失った権能を一つずつ再構築していく。
パーティ『ブルームーン』の歩みは、甘い香りの漂う食堂から、次なる段階へと動き出そうとしていた。
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