第111話:報酬と休息
白霧が完全に消失した湿原には、数ヶ月ぶりに本来の植生が姿を現していた。
魔力を吸いすぎて肥大化していた植物たちは、供給源を断たれたことで急速に萎れ、大地の状態はカイトの狙い通り、本来の静かな姿へと落ち着き始めている。
「……カイト様、街道の先から複数の生体反応。……ギルドの調査員、あるいは通行を待っていた商人たちの馬車と思われます。……私たちの作業によって、街道の通行が再開されました」
リアがぴんと立てた耳を動かし、遠方の振動を正確に捉える。
特別な力こそないが、その鋭い瞳には、主に対する揺るぎない信頼が宿っていた。
「……予定通りだ。停滞していた物流が動き出せば、街に新しい物資が流入する。……それが巡り巡って、俺たちの次の報酬の原資になるだけだ」
カイトは魔導銃『等価の天秤』の熱が引いたのを確認し、ホルスターの固定ベルトを締め直した。
今回の実地検証で、真銀の芯による事象への干渉強度は、想定通りの安定性を示した。銃身を痛めることなく、適切な出力を維持できる。それだけで、今のカイトにとっては十分な収穫だった。
「……それにしても、あんな大きな睡蓮が一撃で枯れちゃうなんて。……私の魔力をあんな風に効率よく使われると、なんだか自分が凄くなったみたいで面白いわね」
エリザが空になった蓄魔石を透かして見ながら、不敵に笑う。
彼女の身体には、以前のような魔力暴走による倦怠感は一切ない。むしろ、過剰な力を「外へ逃がす」手段を得たことで、吸血鬼としての本能的な活力が全身に漲っていた。
「……勘違いするな。お前の出力はまだ不安定だ。……今回は俺の銃がそのブレを吸収したが、次はもっと精密に動いてもらうぞ」
「……はいはい。厳しい管理者様ね。……さあ、リスタに戻りましょう? 一五枚の銀貨を受け取って、今度こそもっと美味しいトマト料理を奢ってもらわないと」
カイトはエリザの軽口を無視し、踵を返した。
歩きながら、彼は既に次の予定を思考していた。
「……リア、リスタに戻ったら、まずはギルドで報酬を受け取る。……そのあと、宿のトイレの魔力配線を確認しろ。……最近、水の勢いが不安定だった。俺の『リペア』で調整しておく」
「……了解しました。……生活環境の維持管理も、重要な任務と認識します」
リアは真面目な顔で頷いた。
不揃いな三人の影が、晴れ渡った湿原を真っ直ぐに横切っていく。
リスタの街に戻ると、ギルドの窓口には既に街道再開の報が届いていた。
受付嬢は驚きと安堵が混ざった表情で、約束の銀貨十五枚をカウンターに並べる。
「……本当に、たった三人で解決してしまったんですね。……疑っていたわけではありませんが、驚きました。これ、報酬の銀貨十五枚です。確かに受け取ってください」
カイトは無言で銀貨を回収し、懐に収めた。
これで当面の活動資金と、さらなる装備調整のための余力が生まれたことになる。
宿に戻ったカイトは、まず真っ先に共用の自動洗浄トイレへと向かった。
この宿を選んだ理由の一つでもあるこの設備は、魔導回路によって清潔さが保たれているが、経年劣化による水の流れの「偏り」が生じていた。
「……事象復元――『初期設定の流量』。……配管の歪みを正し、魔力の抵抗値をゼロにしろ」
カイトが軽く手をかざすと、微かな光と共に装置が正常な動作音を響かせた。
こうした地味な調整の積み重ねが、パーティー全体の精神的な安定に繋がることを、カイトは経験的に知っている。
「……よし、これで不快感は解消された。……リア、エリザ。食堂へ行くぞ。……今日はトマトの煮込み料理を、好きなだけ注文していい」
「……やったわ! さすが管理者様、話が分かるじゃない!」
「……ありがとうございます、カイト様。……感謝していただきます」
賑やかな食堂の隅で、トマト料理を囲む三人の姿は、どこにでもいる冒険者のようであり、同時にどこか異質な、統制の取れた美しさを放っていた。
第百一十一話の記録は、小さな成功と、温かな食事の風景と共に締めくくられた。
彼らの歩みは、少しずつ、だが着実に、この世界のあり方を書き換えていく。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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