第106話:未踏の脈
廃坑の深部は、地上の冷気とは異なる、粘りつくような湿気と重い静寂に包まれていた。
三人の足音は、ジャージの消音機能とカイトが施したパッチによって、砂が擦れる程度の音にまで抑えられている。
「……カイト様、この先です。昨日よりも、あの『鋭い匂い』が強くなっています」
リアが鼻をひくつかせ、行き止まりに見える崩落現場を指差した。
巨大な岩が折り重なり、並の採掘者なら「この先は道がない」と諦めて引き返す場所だ。しかし、カイトの目は、岩の隙間から漏れ出す微かな魔力の揺らぎを捉えていた。
「……なるほどな。岩盤の崩落によって、この奥にある高純度の脈が図らずも密閉され、保存されていたわけか。……エリザ、出番だ」
「……やっとね。暗い中を黙って歩くのは、真祖の性に合わないわ。……どの岩を砕けばいいのかしら?」
エリザが蒼いラインの走る杖を構える。カイトは崩落した岩の基部、事象の歪みが最も集中している一点を指し示した。
「……砕くのではない。……昨日教えた『単一点への集中』を応用しろ。……対象の岩の分子結合に対し、微細な振動を継続的に送り込む。……俺が合図したら、一気に魔力を引き抜け」
「……分かったわよ。……細かく、激しく、ね。……闇の共鳴」
エリザの杖から、目に見えないほど細かい魔力の震えが放たれた。
岩盤がジリジリと嫌な音を立て始める。カイトはその振動が岩の内部に浸透し、応力が限界に達する瞬間を、指先の感覚で待ち構えた。
「……今だ、引け!」
エリザが魔力の供給を断った瞬間、カイトが岩の表面に触れ、『事象復元』を発動させた。
「……復元定義――『崩落前の亀裂』。……逆位相の衝撃を与え、結合を解除しろ」
パキィィィィン……ッ!
乾いた音と共に、巨大な岩盤がまるで熟した果実の皮が剥けるように、綺麗に割れ落ちた。
その奥から溢れ出したのは、闇を切り裂くような純白の輝き。
未精製のまま、気の遠くなるような時間をかけて結晶化した『真銀』の原石だった。
「……すごい。……リスタの市場で見たことがある、どんな銀よりも綺麗だわ。……カイト様、これが……」
リアが感嘆の声を漏らし、その輝きに目を細める。
「……ああ。不純物が極限まで排除された、最高級の触媒だ。……市場に出回れば金貨数十枚の値がつくが、今の俺たちにとっては、それ以上の価値がある」
カイトは無造作に原石を掴み取ると、その場で自身の魔導銃『等価の天秤』の隣に並べた。
原石から放たれる純粋な魔力波動が、銃のシリンダーと共鳴し、空間が僅かに歪む。
「……さて。……贅沢な素材が手に入った。……エリザ、お前の予備バッテリーも少しばかり拝借するぞ。……これを使って、俺の銃の芯を『再定義』する」
「……勝手な管理者様ね。……でも、その銃が強くなれば、私の安全も確保されるんでしょう? ……なら、好きに使いなさいな」
エリザは少し疲れた様子で岩に腰掛け、不敵に笑った。
廃坑の奥深く、誰にも知られることのない暗闇の中で、カイトの手によって新たな『最適化』が始まろうとしていた。
地上の太陽が昇るまで、あと僅か。
リスタの街が目覚める頃には、カイトの腰には、世界の理を書き換えるための更なる『力』が備わっているはずだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこの「ジャージ管理者の等価交換ファンタジー」を面白いと思ってくださったら、ぜひ評価の「星」やブックマークで応援していただけると、カイトの魔力と作者のモチベーションがリペアされます!
よろしくお願いいたします。




