46.帝都襲撃とソードマスター2
馬上のクリフォードはいぶかしげな顔でエレノアを振り返る。
「はい? ソードマスターなんて一朝一夕でなれるものでは……いや、ちょっとやめてくださいよ」
さすがにエレノアをよく知る片腕は、その考えに気付いたようだった。エレノアは短く命じる。
「馬車にあがれ」
「そんな不敬なことができるわけないでしょう」
「この非常事態に皇女を守るためだ、どうとでも言い訳できるし何とかする。迷っている時間はない!」
魔力を喰う魔獣には、剣気で戦うほかない。
エレノアの強い声に、クリフォードは覚悟を決めたようだった。馬上から皇家の馬車に乗り移り、エレノアを後ろにかばう。
エレノアは念のため、ベールで顔を隠した。怯えているように思われると良いのだが。剣気を使うとき、目の色が剣気の青い色に染まるのを、見られるわけに行かない。
エレノアは強く拳を握りしめた。純白のつややかな布を重ねたドレスの裾が、きらびやかなベールが舞い上がる。
馬車の周りを青い光が渦巻く。光は大きくふくれあがり、間近の行列ごと包み込んだ。
そしてエレノアの――クリフォードのそばに、オーラブレイドが出現する。
いきなり七本を具現化するのは控えた。さすがにヴェルネスに脅威を感じさせるだろう。クリフォードを送り返されては困る。
オーラブレイドは手にして戦うことも出来るが、一番の役割は、攻守のための剣気の具現化だ。近寄る害意に自ずから反応して弾き、攻撃する。
一本では守れる範囲が狭まるが、充分だ。目の前の魔獣に対抗するには。どうせ民衆が多すぎて守り切れない。防御よりも攻撃する方が話が早い。
それに。エレノアは、意気盛んのつもりだったが、やはりオーラブレイドは負荷が強かったようだ。ずん、と形のない魔力が重しのようにのしかかる。
「ソードマスターだ!」
驚きと歓喜の声があがる。異国より嫁いできた花嫁の馬車の上、剣を握る騎士がまとう剣気とオーラブレイドに、喧噪の色が少し変わる。
ソードマスターだ、と救いを求める声が伝播する。
「本当に、後でどうにかしてくださいよ」
クリフォードが苦笑気味につぶやく。
わかっている。エレノアは応える前に、声を上げた。
「動ける者は青い光の中へ!」
闇が膨れ上がりながら迫ってくる。エレノアはクリフォードの後ろで顔を伏せたまま、オーラブレイドを操った。
青い光が弾け、闇の魔獣は簡単に飲み込まれた。
馬車の中に魔方陣が現れ、エレノアは瞬時に剣気を消し去った。オーラブレイドと共にまばゆくあたりに満ちていた青い光がかき消える。ルヴィンに見られるわけにはいかない。
「アデライン殿、ご無事ですか!?」
ルヴィンがオグラスを仕留め、戻ってきた。
エレノアは大きく息をつく。以前オーラブレイドを使ったときのように、ぐらぐらと頭が揺れる。柄になく頭に血が上っていたようだ。やりすぎたか。
しかし、こんなことが今後も起こりえるなら、魔力酔いなどと言っていられない。早く慣れねばならない。
「クリフォード卿、一体何が、今のオーラブレイドは」
あれだけ派手に剣気を使っては、気づくなと言う方が無理だ。しかもクリフォードがソードマスターでないことを、ルヴィンはよく知っている。
クリフォードは急いで馬車をおり、胸に拳を当てて礼をした。
「殿下、申し訳ありません。我が主をお守りするため、おそばへあがらせていただきました」
「それはいい。アデライン殿のご無事が最優先だ。それより……」
「わたくしを守るため、無我夢中だったのでしょう」
エレノアは横から口を挟む。あからさまに嘘っぽい話だが。他に言いようもない。
「そうなのですか。ですが」
ルヴィンはクリフォードを見据えた。
「卿のオーラの色は、あのような深い青だったか」
ルヴィンの表情は険しい。クリフォードを、エレノアを疑っているのか。周囲を敵に囲まれて育った彼は、常に疑念の中で生きてきたはずだ。違和感を逃すはずがない。
クリフォードとエレノアではオーラの色が違う。似てはいるが、見たことのあるものなら、はっきりと違いが分かる。
ルヴィンはエリック公子と幾度か剣を交えたこともある。戦場で彼の剣気を幾度となく見てきたはずだ。
先程のは本当にお前の剣気なのか、とルヴィンは言っているのだ。
しかしこうなると、クリフォードも肝が座っている。
「ブレフロガ騎士団長が我が師ですから。剣気の色も似たのかも知れません」
堂々と言い放った。そんなことはあり得ない。しかしあまりにもはっきりと言い切るので、ルヴィンもそれ以上は詰め寄れなかったようだった。何か言おうとしたものの、飲み込んだ。
そして意気をくじかれたように、つぶやく。
「そうか……」
心なしか肩を落としたようにも見える。ルヴィンはエレノアの手を取り、座るように促した。エレノアはおとなしく、ルヴィンの横に腰をおろす。
ルヴィンは馬車の上から周囲の騎士に指示を出し、混乱の波は、少しずつ引いていっていた。
騎士団が動いて、混乱していた民を元のように大通りの脇に押しやっている。混乱の割に負傷者が少なく、急いで運ばれていった。
オグラスは珍しい魔獣ではない。毒についての対処も、帝都ならばすぐできるだろう。何せここには大聖堂があり、聖地の神官達も来ている。すぐに治癒がほどこされるはずだ。
やがて動き出した馬車の上で、ようやくルヴィンは腰を下ろす。
破壊された街を見ながら、自嘲気味に言った。
「先程の無礼をお許しください。エリック公子ならば、身をやつして平民に紛れ、結婚式にいらしていたかもしれないと思ってしまったのです」
我ながらあり得そうな話だ。エレノアは苦笑した。
結婚したのが本物のアデライン皇女で、参列を禁じられたならば。影ながら皇女を守るためにこっそりヴォルネスに入り、混乱を見かねてオーラブレイドを使う、というのはありそうな話しだ。
だが。それはやはり、不可能だった。
エリック公子たるエレノアはここにいる。ただルヴィンの思い通り、オーラブレイドを出したのは、まぎれもなくエリック公子だ。
予定よりも大幅に遅れたものの、馬車は帝都を巡り、皇宮へ戻ってきた。パレードを中断すべきかという声もあったが、人の群れをかき分け、行程を変える方が難しかった。
出迎える人々の前で車列が止まる。人々の中にメイザー夫人や侍女達の姿もある。話を聞いたのか、メイザー夫人の視線が痛い。
「アデライン殿」
先に降りたルヴィンが手を差し伸べてくる。
エレノアはその手に捕まろうとした。しかし皇宮を守る強い魔力に、ぐるぐると目が回る。
やはり、調子がいいからとやり過ぎたようだ。自身は民衆を守る盾であるべきだから、それを悔いていないが。
ぐらりと体が傾ぐ。誰かの悲鳴が上がる。メイザー夫人だろうか。まずいな、と思ったが、すぐそばにルヴィンの腕が伸びてきて、エレノアは抵抗するのを止めた。
「アデライン殿!」
ルヴィンに抱き留められ、エレノアは体の力を抜いた。
今日起きた諸々で、さすがにルヴィンも疑念を抱いているかもしれないが、恐らくこの皇宮で、この男のそばにいるのが一番マシだ。
先ほどの件で皇帝から喚問があるかもしれない。
それよりも、母の詰問があるかもと考えると、悩ましい。とは言え、クリフォードに約束したように、きちんと後始末をしなければならない。
だが。意識を保てそうにない。同じ事を二度やってしまうとは、不覚だ。
しかし今日は倒れたところで、「これだから病弱な皇女は」と言われることもないだろう。
不安に揺れる赤い目を見上げた。何故だかひどく申し訳ない気持ちになる。
アデラインの名を呼ぶ声を聞きながら、エレノアは意識を手放した。




