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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第三章 破壊と調和と誓いの結婚式
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42.野蛮なことはしないがしかし

 カルス神のためのセリカ大聖堂は、黒い城壁に守られたオルディナスのうちにおいて、皇宮の次に高い尖塔を持つ、輝くような白い神殿だ。


 再びルヴィンのエスコートで馬車を降りた。

 紺藍のカーペットの上を歩き、すでに着席している参列者の間を進んでいく。


 天井の高い大聖堂の中は、清浄な空気が流れていた。帝都に満ちていた魔力が浄化されている。

 ルヴィンのブレスレットのお陰で薄れていた魔力の残余が、洗い流されるのが分かった。息を吸い込んだ体が内から清められ、軽くなるようだった。


 大きなステンドグラスにて細やかに描かれたセリカ神の姿は、日に透けて光り輝き、聖堂の中を彩っていた。夜であれば月明かりに神秘的な姿を見せただろう。


 その前に立つ教皇が、二人を迎えた。

 教皇の少し後ろに、リュシエルが神妙な表情で控えている。神官の、裾の長い白い正装をまとい、大神官の証である房のついた襟飾と、聖印を胸に下げた姿は、白髪とあいまって神秘的ですらある。


 エレノアとルヴィンは、教皇の前に両膝をついて膝まずき、頭を垂れる。

 教皇は右手を、胸、額、肩へと順に動かした。

 始祖神を表す心臓、知恵を表す額、力を表す肩に。

 始祖神ゼアへ祈りを捧げ、神殿の主たるカルス神へ、そしてエオディア神への祈りを捧げた。


「全ての始まりに立つ始祖神ゼアよ、彼らの結びをどうか見守りたまえ。

 月と知恵の女神よ、その知恵をもって彼らの道を導きたまえ。

 太陽と武の女神よ、その力をもって彼らを試練から守りたまえ」

 それから両帝国へ、そしてルヴィンとエレノアへ祝福の言葉を授けた。


「聖杯に注がれた水を分かち合うことで、二人の結婚の誓いとします」

 サイモン大神官が黒い布を掌に載せ、素手で触れないよう慎重に聖杯を捧げ持ち、進んでくる。


 来たな。エレノアは顔を伏せたまま様子をうかがった。

 荘厳な大聖堂の中においては、いくら聖物であっても、気配だけで本物かどうかの判断はつかなかった。

 サイモン大神官は教皇の横に立ち、皆に向けて聖杯を掲げた。


 教皇は厳かに宣言する。

「そしてこの誓いが、皇族の正統なる血を受け継ぎ、帝国の調和と繁栄を約束するものであるならば、神々の祝福が与えられるでしょう」

 聖杯による誓いの儀の前に、血統証明を行う言葉だった。

 隣でルヴィンの体に緊張が走るのが分かる。教皇は続けた。


「神々の御前にて、この結びに異議がある者は今ここで述べなさい。その証を神聖なる真実として示せぬなら、この契約は神々の御名のもとに永遠とする」

 この結婚に異議のある者は名乗り出よ、と。


 教皇の宣言は、形式的な言葉だ。結婚式で当たり前に告げられる、宣言でしかない。

 しかも政略結婚において、異議を唱えるなど反逆のようなもの。


 当然誰も声を上げる者などいない。この結婚が気に入らない皇后ですら。恐らく企みに気付いたルヴィンですら。彼が今何かをすれば、疑いを増やすだけだ。

 誰もが粛々とその宣言を受けた。


 しかしエレノアは顔をあげ、教皇を見る。

 揺らがない視線でしっかりと見据えるエレノアを、教皇は静かに見返した。まるで、何もかも分かっているかのように。

 エレノアは唇を開き、強く言葉を放つ。


「教皇聖下。わたくしに発言をお許しください」

 ルヴィンが驚き顔を上げる。そして大聖堂の中に声もなく動揺が広がった。列席者の動揺の気配が、厳かな場を乱していく。

 しかし教皇は、穏やかに応えた。


「今この時は、始祖神ゼアも調和のもと、何人にも許されています。遠慮することはありません」

 エレノアは頭を深く下げる。

「ご厚情に感謝いたします。結婚に意義はございませんが、この結婚がより正統であり、祝福を得たものであることを示したく思います。神への誓いを捧げるべき聖杯の神秘性を皆で確かめ、わたくしたちの誓いが強固なものであることの証としたいと思います」

「よろしいでしょう。どのように確かめるつもりですか?」


 聖杯が正しいものであるのを確かめる。エレノアの発言を、教皇はすんなり受け入れた。

 どうやって真偽を確かめるのか。クリフォードが「ぶん殴って壊すつもりか」と言っていた通り、衝撃を与えるのが一番手っ取り早い。

 本物の聖杯は、人の手で簡単に壊れることなどないからだ。


 神殿騎士の剣で聖杯に斬りかからせることができたら簡単なのだが、事前の段取りもないのに、神殿で剣を抜くことはないだろう。

 とにかく、血統証明の段取りへ入る前に、エレノアが聖杯を手にする必要がある。


「古き習わしに従い、わたくし達の手で聖杯に触れ、その神聖な力と始祖神の加護を実感したく思います」

 そのような習わしがあるものかどうか知らないが、エレノアは決めつけた。たまりかねた様子で、サイモン大神官が声を上げる。


「そのような話を聞いたことがありません。聖杯を疑うのですか」

「疑っているのではありません。皆の前で確かめることが重要であると存じます。教皇聖下。お許しいただけますか」

 引っ込んでいろ、という意味を込めて、教皇へ訴える。あくまで儀礼的なことであるのを強調した。


「女神エオディアの子、アデライン・バートランド。この結婚は帝国の平穏のためですが、あなた方のものでもあります。誓いを確かめたいのであれば、あなたの思うようにしましょう」

 教皇は厳かに言った。エレノアの意を汲んでくれたのだろうか。サイモンはあからさまに悔しそうな顔をしたが、教皇の指示に逆らうことなど出来るわけがない。

 苦々しい顔を何とか押し隠して、聖杯をエレノアの前に持ってくる。うやうやしく差し出してきた。


 エレノアは、そっと両手を伸ばす。

 受け取った聖杯は、とても軽い。両手で包み込めるほどの大きさで、台座のついたゴブレットだ。

 太陽と月の装飾がされているが、決して華美ではない。権威の象徴ではないのだ。


 聖杯は、始祖神が双子の女神に作らせたとされるものだ。

 かつて双子の女神は人に加護を授けたが、その者たちが対立したため、争いを鎮める道具とした。聖杯の水は人々の怒りを鎮め、調和をもたらすと言う。


 受け取ったはいいが、聖杯を間近に見たことはないので、本物かどうか分からない。どうせ分かるとも思っていない。

 本物ならそれでいいのだ。だが、偽物なら。


 神殿は神聖力にあふれ、エレノアの魔力酔いも緩和されている。これなら本来の力が十分に発揮できる。


 これを壊すのに、ぶん殴る必要などない。

 エレノアはルヴィンに悟られないよう、静かに息を吸い込む。歯を噛みしめた。グッと腹に力をこめ、気合いを入れて、手を握り込む。――思い切り。


 バキ、と、不穏な音が大聖堂に響き渡った。さすがにどよめきが大聖堂を覆う。それから立て続けに、バキバキバキと音が鳴る。


 エレノアの手の中で、聖杯が粉々に砕け散った。


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