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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第三章 破壊と調和と誓いの結婚式
41/49

40.置いてきたもの1


「聖水に細工はないのか」

「聖水は、聖地の泉の結氷から削り出したものを、神聖力にて保管しているものです。教皇聖下の祝福により解凍し、聖杯に注がれるものですので。偽りがあればすぐに分かってしまいます」

「なるほど」

 それならば、まだ事は簡単だ。


「企みが分かっていればなんとかなるだろう」

 本来ならばエレノア自身の正体の露見を恐れなければならないから、大人しくしているところだが。

 今回の標的がエレノアでないのなら、矢面に立たねばならないだろう。


「まさかその場でぶん殴って壊すつもりじゃないですよね」

 側に控えていたクリフォードが、釘を刺すように言った。事態を収拾するのは自分なのだからという、苦労性なところがにじみ出ている。


「そんな野蛮なことはしない」

 クリフォードは「えっ」という顔でエレノアを見る。まさか、自分が野蛮でないとでも思っているのか、という顔だ。エレノアは苦笑し、言い直した。


「アデライン殿は、そんな野蛮なことをしない」



 だいたい皇女が結婚式で、誓いの聖杯をいきなり叩き割ったらおかしいではないか。結婚に意義があると申し出ているようなものだ。

 リュシエルは茶菓子に満足したのか、暖かな茶を飲む。ていねいに茶器を置き、エレノアに言った。


「何かお忘れなのでは?」

 唇だけで笑っている。これは、何かを催促している顔だ。

「……なんだ?」

「式の立ち会いに来たのが俺で良かったですね。ものすごく助かりましたよね。本当は、サイモン殿が何かコソコソしているけど、おもしろそうだから放っておくつもりだったんですよ」

「神官らしからぬことを言うな」


 恩を売るつもり――などでないのは分かっている。犬が尻尾を振るようにこちらを見る美貌の神官に、エレノアはつい苦笑した。


「ありがとう、リュシエル。助かった。頼りにしている」

 リュシエルは褒められた子供のように、嬉しそうな顔で笑った。

「どうぞ、このようなことでお役に立てるのでしたら」

 そこに、いつかと同じように、メイザー夫人がやってくる。


「サイモン神官がおこしです」

 リュシエルは、ほらね、という得意げな顔をした。それから立ち上がり、エレノアの側に立つ。


「それでは殿下。ご歓談大変楽しかったです。うっかり浄化して差し上げるのを忘れるところでした」

 白いまつげに縁取られた目を伏せた。口を閉じてそうしているだけで、神秘的な雰囲気をまとうのだから、本当に食わせものだ。


 リュシエルは右手をエレノアの額の上にかざし、丸く円を描くように動かしていく。

 その手が白く輝き、リュシエルの周囲をゆらぎのようなものが取り巻いた。剣気や魔力の、強く圧するような気とは違う。この食わせ者の神官が持つとは思えないほど、清浄で澄んだ気配だ。


 途端に、エレノアにのしかかるようだった重苦しい空気が、ふっと軽くなる。リュシエルは厳かに祈りを捧げた。


「ゼアの御心と共にあれ。調和のもとに、勝利を」

 戦士へ授ける祝福じゃないか。最後までいたずらしか考えていない。

 しかしこんなに体が軽く感じるのは久しぶりだった。走り出したい気分だ。


「ありがとう、リュシエル殿」

 紛れもない本心で再度礼を言う。リュシエルは両手を胸に当てて、頭を下げた。厳かに告げる。


「わたしはいつでもあなたの味方です」





 翌日には、皇太子の結婚式への列席ため、貴賓として近隣諸国や属国から王族が続々と到着した。


 急なことで代理人となる国もあるが、これは致し方ない。そしてもちろん、ヴォルネスの皇帝夫妻も、警護としてグレイヴス公爵とその妻もやってくる。


 両帝国の皇帝が会談を行う歴史的な瞬間でもあった。

 皇后は集まった人々のため、お茶会を開いたり社交活動に余念がなかったが、エレノアは参席しなかった。――招待されていないからだ。

 表だって招待しないというのは体面が悪いから、「招待したのに来ない」という事になっていそうだ。


 しかしエレノアは気にしていなかった。

 お茶会に行かなくても、皇太子妃となるイゾルデの皇女に近づきたい人間は少なくない。

 挨拶に訪れる人々の相手をしたり、持ち込まれたドレスのフィッティングを行ったりと、それなりに忙しかった。


 それにどうせ結婚式を終えれば、正式に宴が開かれる。皇太子妃として当然ながら参加しなければならない。



 そして結婚式当日。

 エレノアは朝早くから数人がかりで体中を磨かれ、ドレスを着付けられ、すでに辟易していた。


 純白のすべらかで上質な布を幾重にも重ね、金糸で細かく刺繍をほどこしたドレスは、豪奢でありながらも繊細で美しい。

 エレノアの鍛えた体をさりげなく隠すような、肩や二の腕を隠すデザインはさすが母が用意したものと言うほかない。

 ベールの裾には雨の雫のような宝石がいくつも揺れており、光の元でキラキラと輝く。


 装飾の多い衣装は動きを制限されて好ましくないのだが、今日ばかりは仕方がない。

 それに、そんなこと考えているのを悟られては、叱られてしまう。


 エレノアの部屋には、グレイヴス公爵夫人が、アデラインの結婚式の準備を手伝うために訪れていた。

 部屋の主よりも存在感に重みのある母は、ドレスを纏ったエレノアを厳しい目で見て、感嘆の声を上げた。


「とてもよくお似合いですわ。メイザー夫人のお手並み素晴らしいわね」

 エレノアにそのような声をあげたのは、はじめての気がする。


「恐れ多いことですわ」

 エレノアの正体を知っているメイザー夫人は、すべて心得た様子で、折り目正しく礼をする。


 結婚の心得も聞いてしまったし、もう会うことはないのかもしれないと思っていたが。淑女らしく、ということを望んでいた母に、このような姿を見せられたのは良かったかもしれない。

 母と娘としての対面ではなかったが。


「急いで作らせたのでなければ、もっと趣向をこらしたかったわ。裾の刺繍も控えめだし、もっと胸元にもふんだんにレースをほどこして宝石をちりばめて……」

「充分すぎます、叔母様」

 母は何事にもこだわりが強い。話しだしたらとめどないので、強引にさえぎった。


「イゾルデの権威を見せねばならない場なのだから、充分と言うことはありませんよ。殿下も、決してそれを忘れないでください」

 こちらが何かを差し出すための政略結婚ではないのだと示さねばならない。少しでも劣ると思われる要素を、各国に見られてはならない。


 このドレスを本物のアデライン皇女が纏っていれば、どれほど美しかったかと思うが、彼女にも母が手によりをかけたドレスを用意するだろう。


「心得ていますわ」

 エレノアはにっこりと微笑んで見せた。ドレスで足を肩幅に広げて立つなと注意を受けてからそう経っていない。


 母は腕を組み、指先を顎に当ててエレノアをジッと見た。『麗峰の絶花』と呼ばれた姿は衰えず、他国の皇宮においても厳然としている。

 眉根が寄っているが、不意に小さく笑った。


「大過なくお過ごしのようで安堵いたしましたわ」

 及第点ではないが、前よりはマシだということだろうか。


「皆のおかげで、つつがなく過ごしております」

 少なくとも正体はバレていない。母は「当然だ」とばかりに頷いた。

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