35.第二皇子1
それにしても今日は、見慣れない人物がいる。ソファに悠然と座す皇后に向かい合い、くつろいでいた。
ヴォルネスの皇族らしい銀の髪に、緑色の瞳をした青年。皇后の側に居るからには、相応の身分のはずだ。──何より、皇后によく似ている。華やかな装いまで同じだ。
エレノアの視線に気がつくと、穏やかに笑みを返してきた。
「ご挨拶が遅れました。アデライン皇女殿下。ヴォルネス帝国の第二皇子アンセルムと申します」
皇后の息子か。
なるほど、侍女達がルヴィンのことを美しい殿方と言っていたのがよく分かる。
第二皇子も華やかな見た目をしているが、ルヴィンには劣ると思ってしまう。単純に皇后に似ているから、好きになれないだけかも知れないが。
「失礼をいたしました。皇子殿下とは気付かず、ご挨拶が遅れました。ヴォルネス帝国の皇女アデラインにございます」
あの髪色に気付かないわけがないのだが、あえてエレノアは言った。
「噂の通り、アデライン殿はたいそう美しいお方だ。兄上とお似合いでしょう。結婚式が楽しみですね」
第二皇子はにこりと笑う。
「お恥ずかしいですわ」
エレノアは、カティアを真似てウフフと微笑んだ。
部屋の主が座るようにうながさないのだから、エレノアは相変わらず立ったままで話を聞いていた。
あからさまにエレノアを蔑ろにする皇后と違い、第二皇子は、まるで他意のないように振る舞っている。
だが、かわりに席を勧めないのは結局皇后と同類ということだ。エレノアのことを気遣う相手と思っていないし、他者への配慮を持ち合わせない。
皇后は悠然と茶を飲んでから言った。
「イゾルデ帝国ではエオディア様を崇敬しているようだけど、ヴォルネスでの儀式の作法をご存知なのかしら」
イゾルデでは双子の女神のうち、太陽と武の女神エオディアを主に祀っている。
ヴォルネス帝国は月と知の女神カルスを主に祀っていることもあり、皇宮の側にある大聖堂はカルス神を祀るものだ。
戴冠や結婚式など、皇帝や皇族にまつわる祭事においては、聖地インセクレムから神官達がやってくる。
両帝国の崇める双子の女神の親たる、始祖神に仕える神官達だ。彼らが誓約の立会人として式を執り行うのが通例だった。
エレノアは公爵家の嫡子で、母が皇帝の妹であるとはいえ、公の儀式で誓いの当事者となることなど、あまりなかったことだ。エレノア自身が避けていたということもあるが。
今回は他国での、慣れない神殿での儀式となる。
揚げ足をとられるようなことにならないか気にかかりはしたが、どうにかなるだろう。周りにあわせて大人しく微笑んでいればなんとかなる。
とりあえずエレノアは、皇后に頭を下げる。
「ご指導いただけますと幸いですわ」
まあ、と皇后は口許を扇で隠す。それでもニヤついているだろうことは想像に難くない。
「アデライン殿は、離宮ですごしていらっしゃることが多かったと聞きますわ。公的なことをご存知なくても仕方がないわね。ですが無理して覚える必要もありませんよ。どうせこちらでも引きこもってお過ごしなのでしょう?」
いちいち見下してくる。しかも呼び出しておきながら、教えるつもりもないようだ。
「皇太子妃として、できる限り務めます」
エレノアは上っ面で微笑みながら返した。
第二皇子を見ることが出来たのは収穫だったが、もはや時間の無駄だ。せめて屈伸運動がしたい。
帝都に着いてからの穏やかな生活で体がなまっている。馬車の移動も窮屈ではあったが、外にいるのと閉じこもっているのでは状況が違う。
寝室でトレーニングしたところで限度があるし、クリフォードを連れ込んで組み手の相手をさせるわけにも行かない。
皇后宮へ時々移動するのは、軽い運動にはなるが、それ以上にはなり得ない。
魔獣討伐の折、火炎を防ぐために地面に穴を掘って幾日も身を隠した事を思えば、環境は快適だが、違う意味で苦痛だ。無為に時間を奪われるのは。
しかし、病弱で無力な皇女を演じてきたのが功を奏したのか、皇后は迂闊とも言える発言を漏らす。
「どうせ無駄になるでしょう。ルヴィン殿は、またすぐに遠征にいらっしゃることになるでしょうから」




