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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
6.お姫様と少年 別れ

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9.パライナの影

 フィスとティシュアが抱き合う中、今まで黙っていたアデーレがすっと一歩前に出た。



「さて、私からもお話を一つ。よろしいでしょうか?」



 顔を上げる二人とシエラの視線を受け、アデーレは言う。



「タプアにあります本の国、その始まりの大地は一頭の鯨が起源とされています。パライナ、原初影の海を泳いでいた鯨の名。言葉が通じぬ故に孤独でいるしかなかった鯨のその後を、ご存知でしょうか」



 急に仰々しく語り出したアデーレに、三人とも目を奪われる。

 三人の視線を受けたアデーレは、語りを続ける。



「鯨は寂しかった。その身が干上がり大地となっても、パライナは仲間のいる影の海が恋しかった」


「タプアの伝承……」



 フィスが呟く。ティシュアは静かにアデーレの話を聞いていた。



「パライナは沈んでいく。本の国の民はそれを避けるため影を干上がらせ、土地を広げていく。しかしパライナは影に沈みたかった」



 アデーレは静かに語っていく。そして、ティシュアに顔を向けた。



「パライナの体こそ干上がり大地となりましたが、末端は影に溶けている。少しずつ干上がったパライナを影へと戻している。そうですよね、ティシュア様」


「それって……」



 シエラが息を呑む中、ティシュアはそっとフィスから離れて頷いた。



「ええ、おおよそ間違いないですよ。僕は影の一部、その中でもパライナの影に相当する部分に当たります」


「ティシュアは……パライナ、なの?」



 驚くフィスに、ティシュアは眉を下げて笑う。



「大きく捉えればそうだけど、僕はその中でも端っこの方だから。そこまでパライナって自覚はないかな」



 フィスはぐっと拳を握ってティシュアに詰め寄る。



「ねえ、だったら、だったら話をさせて。あなたがいなくなる前に、私、もっとあなたと話がしたい」


「フィス……」



 フィスの表情は真剣だった。ティシュアはそれをまっすぐに受け止める。



「それは、前に言ってたパライナのこと、叶えたいから?」



 もしパライナがいたら、話をしたい。わかろうとしたい。そうリブロでフィスは言っていた。



「それも、ある」



 短くフィスは答える。ティシュアは困ったように笑って、フィスに頷いて見せた。



「僕はパライナとは言えないけど、君が望むなら最後にそういうお話をしても、いいかもしれないね」


「では、私どもはここで退散するといたしましょう」



 ふっと息をつくティシュアにアデーレがそう述べた。シエラはてっきりずっといるとばかり思っていたため、驚いてアデーレを見やる。



「え、支配人?」


「後は、お二人でお話するのがよいかとの判断です。問題ありませんか、お客様」



 アデーレがフィスとティシュアに問うと、二人は同じタイミングで頷いた。



「では、何かありましたらお呼びください。シエラ。行きましょう」


「は、はい……フィスさん、ティシュアさん。私から何か言うのもおかしいかもしれないですけど、最後は笑ってくださいね!」



 そう言ってシエラはアデーレに従い甲板の出口に向かう。最後にアデーレはティシュア達に向かって一礼し、去り際に言葉を残した。



「最後まで良い旅を、『九つの杯』の子」



 はっとした顔のティシュアを最後に、アデーレは甲板を降りる。

 フィスは、その言葉の意味をわかり兼ねているようだ。



「ティシュア、最後の言葉って」


「ああ、あれは……僕のこと、かな」



 ティシュアはそっとフィスに向かい合う。



「それより、僕がパライナだったとして、フィスは何を話したかったの?」


「ずっと思ってたの、パライナの昔話を読んだときから言おうと思っていたことがあって」



 うん、と促しながらティシュアは聞く。



「今、こういう関係なのに言うのはおかしいけど……私、あなたとお友達になりたい。だって、一緒にいれば寂しくないから。私の知っていることで、パライナを助けてあげたかったの」



 恥ずかしそうに言うフィスに、ティシュアはふふ、と笑った。



「フィスは優しいね。そういうところも、僕は好きだよ」



 素直に好意を述べるティシュアにフィスは照れくさくなる。だが、ティシュアも眼鏡のつるをいじっているから、どちらも同じような気持ちなのだろう。


 日記を抱えてもじもじとするフィスに、ティシュアは愛おしそうに目を細める。



「カルテに着くまで、もう少しだけど。それまでしたい話全部しちゃおうか」


「……うん」



 顔を赤らめながら、フィスは頷く。



「ところで、その日記は見せてもらえるのかな」



 ずっと抱えている日記にティシュアが目を向けると、フィスは目を白黒させながら首を横に振った。



「そ、それだけはだめっ……」



 先ほどは渡してもいいと腹を括っていたのに、すごい変わりようだ。だとしても、ティシュアはその日記の中身を見ようとはしないだろう。

 ティシュアは苦笑して首を振った。



「さすがにそこまではしないよ。そこはフィスの秘密だもの」


「いじわる……」



 むくれるフィスに、ティシュアはくすくすと笑う。

 月明かりの下、小さな恋が膨らんでいた。





 カルテに到着した後、フィスは影の国ギリギリまでティシュアを見送った。深い森を思わせる影に、ティシュアが飲まれていく姿を、じっと、ずっと、見つめていた。


 ティシュアが見えなくなっても、ずっと。


 シエラや他のクルーもそれを見守っていた。大丈夫かとシエラは声をかけようとしたが、アデーレに止められる。


 振り返ったフィスは、泣いてはいなかった。

 ただ、口をしっかりと引き結んでいた。

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