6.協力
ウィンが心配しつつも客室から食事を下げてくる。珍しくシエラも手伝いに加わって、二人分の料理を厨房まで下げてきた。昼時はすっかり過ぎて、そろそろ夕食の支度を始める頃である。
「クロード、お客様、食欲ないって」
クローシュを開け、手つかずのソテーを見せながらウィンは残念そうに眉を下げた。
シエラも冷えた料理を見ながら顔を曇らせる。あのあと、フィスとティシュアはうまく話ができたのだろうか。別れたくないと訴えたフィスと、嫌いになってもらいたいティシュアと。
厨房で夕食の下ごしらえをしていたクロードも、手をつけられなかった料理を残念そうに見ている。
「うーん、こればっかりはしかたないよ。二人にも多分事情があるんだろうし。シエラさんは何か聞いてる?」
「それは……はい。ちょっと話すと長くなるんですけど、大丈夫ですか?」
クロードに問われ、シエラは逡巡の後に答える。ウィンにも説明した事と、おそらくフィスとティシュアが話し合った結果、こうなっているという推測もシエラは伝えた。
「なるほど〜、恋のお悩みってところだね」
「悩みというか、ちょっと複雑なところもあるんですけど」
「でもさ、自分の先が長くないから嫌ってくれってちょっと身勝手な感じはするなぁ」
クロードが納得する横で、ウィンが口を尖らせる。
「事情はどうであれ、くっついたのに一方的な理由で別れたいって勝手だよ勝手! あたしとしては納得いきません!」
「ティシュアくんの気持ちもわかるけど、フィスさんに嫌いになってもらうっていうのはちょっと酷じゃないかなとは思うけど」
クロードもティシュアの態度にはあまり肯定的ではない。それもそうだろう、一方的な理由で突き放して忘れてもらいたいというのはあまりにもフィスのことを考えていないようにシエラも感じる。
だが、ティシュアが近いうちに消えてしまうということもシエラは知っている。今後のことを考えてティシュアはフィスに嫌ってもらおうとしているのはわかる。だが、シエラはどこか引っかかっていることがあった。
「仮にフィスさんに嫌われたとしても、ティシュアさんはフィスさんのことが好きなままですよね」
ティシュアは嫌いになってもらうとは言ったが、ティシュアがフィスを嫌う、ということは言っていない。シエラはそこが妙なところだと思っていた。
「確かにそうだね。まるで自分のことは後回しにしてるみたいだ」
クロードがふむふむと頷いている横で、ウィンが抗議の声をあげる。
「だとしても一方的だよ! 自分がどう思ってるかは別問題で、フィスさんに嫌ってほしいっていうの! フィスさんの気持ち考えてないのと同じじゃん!」
「シエラさんは、どうしたらいいと思う?」
その様子を見ていたクロードが、シエラの方を向いて聞いてくる。いきなり主導権を渡されてシエラは驚きから素っ頓狂な声をあげてしまった。
「えっ、そ、それは……」
「シエラさんがこの中だと一番あの二人のことを知ってるからね」
そうは言われたものの、シエラは自分があの二人に何かしら干渉していいものかと今更ながら思ってしまう。
「私としては、その。フィスさんはティシュアさんを嫌いになれないだろうし、ティシュアさんはカルテに着いたら影に還ってしまうし……別れることが避けられないなら、せめて別れが辛くならないものにできたらなって、そう思います」
二人の事情をそれぞれ鑑みながら、シエラは言葉を口にする。別れるといっても、それが決まっているのならせめてわだかまりがないようにしてあげたいとシエラは思う。
大抵の別れはいつも突然で、待ってくれなくて、心残りがあるものだからなおさらだ。
突然の別れでないのなら、すっきりとした気持ちで別れられた方がいい、そうシエラは思うのだ。
クロードはシエラの言葉を聞くと、うんうんと頷いて言葉を続ける。
「じゃあ、そうするために僕たちができること、みんなで考えてみない?」
「みんなで、ですか?」
「え、当たり前じゃん。シエラちゃん一人でこの問題をどうこうさせるわけないよ」
話を聞いていたウィンがシエラに笑いかける。
てっきりシエラ一人で解決するのではと思ったのだが、もちろん周りはそんなつもりではなかったようだ。
「シエラさんだけの問題じゃないからね。僕たちみんなでなんとかしたほうが、きっといい解決できるんじゃないかな」
クロードもそれに同調するようににこりと笑った。
シエラはほっと胸をなでおろし、早速どうするべきか二人に相談を始めた。
もちろん、アデーレにも報告する。
「なるほど。影であるティシュア様と乗客のフィス様の仲を取り持ちたいと」
「はい。勝手なこととはわかってるんですが……」
代表してシエラが報告しにいけば、アデーレはいつものように意味深な態度でシエラに頷く。
支配人室はいつもと違って少し散らかっており、一際目立つのは机に積み上げられたたくさんの本だ。
「せっかく乗船していただいたのですから、いい思い出を残したいというのもわかります。そうであるのならば協力を拒む理由はないでしょう」
「支配人……!」
「私も少し調べものをしていましたからね。フィス様とティシュア様はご出自からして大分複雑な関係です」
「どういうことですか?」
シエラが尋ねると、アデーレはええ、と頷いて説明を始める。
「フィス様は本の国の王女であらせられ、解き明かす一族として長年知識を集積しています。そしてティシュア様は影の国を覆う影の一部。知識が集積されるほど、神秘の影は弱まっていく。影は知識とのバランスを取るために必要であれば集積された知識を散逸させ、神秘へと還元していた」
「フィスさんが王女様……?!」
フィスが王女ということは初めて知ったが、影が神秘を作るというくだりはティシュアから聞いた通りだ。
さらにアデーレは続ける。
「ティシュア様は影の一部。ということは、神秘に戻す知識を携え、影に還元されるつもりなのでしょう」
「影に還ると消えてなくなるってティシュアさんは言ってましたけど、それってどういうことなんですか」
「ティシュア様の姿も心も統合されるということです。もともとのティシュア様ではなくなってしまう、ということであれば消えてしまうというの説明は間違ってはいませんね」
アデーレはそんなことまで調べていたのか、とシエラは驚く。だが、なぜそんなに影のことに詳しいのだろう。シエラは疑問に思った。
「そこまでわかるなんてすごいです。でも、どうしてそんなに詳しいんですか?」
アデーレはふふ、と意味深に微笑む。
「少し長生きしてますから。日記を読み返していただけですよ」




