5.亀裂
話を聞くほどに、フィスは落ち込んでいくようにも感じた。だが、知らずに傷つくよりも知ってどうするべきか考えたほうがいいとシエラは思う。
身勝手かもしれないが、何もわからないままでいるよりは知って事態を受け止めたほうが、納得もできると思ったからだった。
「……話せるのは、これで全部です」
「ありがとう、話してくれて。ティシュアが私から距離を取りたいのはわかった」
フィスはシエラに礼を述べると、胸元で手をきゅっと握りしめた。きっと辛いことを話したのに、フィスは先ほどよりも落ち着いて話を聞いていた。
「私、ティシュアと話してくる。あなたから話を聞いた上で、ティシュアに聞きたいことがあるの」
「構いませんが、大丈夫ですか?」
「平気。わからないままもやもやするより、聞いてはっきりさせた方がいいもの」
フィスはすっと椅子から立ち上がると、ティシュアを探しに行くべく客室を出ようとする。
ドアを開けたところでカートを押していたウィンと鉢合わせ、ウィンは目を見張って声をあげた。
「わっ、お客様? もうすぐご昼食ですが」
「ごめんなさい、もう少し後で食べるから部屋に置いて行ってもらって構わないわ」
「は、はぁ。かしこまりました」
フィスはいても立ってもいられないとばかりに船内に飛び出していく。残されたウィンは部屋を覗き込み、シエラと目を合わせた。
「シエラちゃん、どういうこと?」
「ええと、フィスさんはちょっと話をつけにいったというか」
黙っていても仕方ない。シエラはウィンにどういう事情か説明することにした。
ティシュアは、いまだ甲板の上で風に当たっていた。日はすっかり高くなり、日差しは暖かく降り注いでいる。オルテンシア号の気球が影となって落ちているが、それが逆に心地の良い日陰を作り出していた。
「やっぱり、まだここにいた」
そこへ、フィスがやってくる。ティシュアが振り返ると、フィスは硬い表情でティシュアの側まで歩いてきた。
「シエラさんからお話を聞いたの。無理を言って話してもらって」
「……ということは、僕が君にしようとしてることも知られちゃったかな」
ティシュアはいつもの調子を装いながら、フィスに答える。
「どうして私を離そうとするの? 消える、ってどういうこと」
フィスが思い切って聞いてみる。だが、ティシュアは困ったような顔をするだけだ。
「答えて」
フィスが詰め寄ると、ティシュアは眉を下げたまま口を開く。
「僕は影の国に帰らなきゃいけないんだ。そうでないと、僕の旅の意味がなくなってしまう」
「でも、それと私を遠ざけることは繋がらないよ」
「つながるよ。だって、僕は還ったらもう僕として出てくることはなくなるから」
反論するフィスにティシュアは続けて言った。
「お互い好きなまま離れ離れになるんだ。そうなったら、僕は帰ってこれもしないのに君を待たせて、さみしくさせてしまう。好きな人にそんな辛い思いを僕はさせたくないよ」
だったら、とティシュアは仕方なさそうに笑う。
「君に僕を嫌いになってもらって、僕を忘れてもらったほうが清々するだろう?」
はっきりとそう言われて、フィスは凍りつく。好意を寄せ合って、たくさん話をしたのに。気持ちを伝えて、伝えてもらって、温かな気持ちでいたのに。
短くても楽しかった日々をあっけもなくティシュアは捨ててしまえという。フィスはティシュアに裏切られたような気持ちになった。
まるで最初から捨てる為に気持ちを育てていたような態度に、腹の底からムカムカとした気持ちが湧き上がってくる。
「どうして、嫌いになんてなれるわけないのに、忘れろっていうの」
「好きになった僕も悪かったんだ。こうなることを忘れて、気持ちのままに動いたの、後悔してる」
「後悔って……!」
まるで好きになることが悪いような物言いに、フィスも苛立ちを抑えられずに言い返した。
「私を好きになってくれたこと、間違いだって言いたいの? あなたも嬉しそうにしてたの、本当は良くないことだったの?」
ティシュアはこくんと頷いて声を荒げるフィスに答える。
「だってそうだろう。僕を好きになったから、こうして嫌な気持ちにフィスは苛まれてる。そして僕は今だけじゃなくこれからも君をこうして苦しめていく。それが悪いことじゃなかったらなんだっていうの?」
だから嫌いになって、忘れてしまったほうが楽だよ。そうティシュアは言った。
「そんなこと、そんなことできるはずないよ……嫌いになってほしいなんて言わないで、ティシュア」
「でもね、フィス。僕は僕のせいで君を苦しませてしまったこと、本当に後悔してる。君が僕を嫌いになってくれないなら、僕は」
そっとティシュアがフィスに一歩を踏み出す。
「君を突き放さなきゃいけない」
一歩踏み出したティシュアから離れるように、フィスも一歩身を引く。
突き放す、と言われてフィスはその通りにされることもすることも拒みたかった。
「ティシュア、私はずっとあなたのことが好き。嫌いになんてなれっこない。だから、変なこというのはやめて」
フィスが訴えるも、ティシュアはできない、と首を横に振るだけだ。
「ティシュア……!」
「ごめんね。もう鬱陶しいんだ、それ」
ぐさりと胸に刃物が刺さった心地だった。たった一言、ティシュアから放たれた言葉でフィスは体をこわばらせる。
それに見向きもせず、何も弁明せず、ティシュアはフィスを素通りして甲板から降りて行った。




