第40話 3回目
<矢橋真子奈side>
掃除の時間。いつものように階段の踊り場で、ホウキを掃いていると「ララちゃん」との声が聞こえてきた。私は思わず階段を上がって、壁に耳を澄ませた。
どうやら数人の男子が、ララの話をしているようだった。
あれ、この声って……。もしかして浦山ひろき?
姿は見えないけど、低く存在感のある声のトーンから、彼であることがわかった。
「……やっぱり、かわいいわ」
「へぇ。ってか、お前ら昼休み、屋上あがっていかなかった?」
「まぁな」
「えっ。じゃあ結局、告白したのかよーー」
「俺も男だからな」
「どうだった?」
「まぁまぁ。ララちゃんもさ、俺に素直な気持ちをぶつけてきたわ」
「えっ。ヤバ。じゃあ、上手くいったの!?」
「……まぁまぁ。野暮なことは聞くなよ。去り際、俺にできることなら何でもするからとは言ったけど……」
「うおーー!! キザ!!」
ところどころ聞こえない部分もあったけど、どうやら浦山ひろきはララに告白をしたらしい。
……嘘。まだ好きだったの?
もう構わないでよ。何でそんなにグイグイいけるの。羨ましい……。
私は浦山ひろきの積極的な行動が取れるところに嫉妬した。
浦山ひろきの快活な笑い声が聞こえてくる。振られたら、きっともっと落ち込むはずだ。……もしかして、告白上手くいったとか?
そんなわけないと思うのに、心から否定はできない私がいた。
そうこうしているうちに、浦山ひろきを含めた男子達はどこかに行ってしまった。
私は一人、上の空で階段の掃き掃除を再開することになる。
「やっほー……」
ちょうど良いタイミングでララが現れる。
なんかいつもより機嫌が良い?
いつものように世間話をすれば良いところ、私は直球で「浦山ひろきに告白された?」と聞いてしまった。
「……えっ!」
動揺したようにたじろぐララ。その後、上を見上げて、まるで何かを思い出しているかのように、ふっと微笑む。
「……まぁ、されたわよ」
「えっ。OKしたの?」
「……真子奈、気になるの?」
頬を緩ませながら、意味ありげに聞いてくる。私は絶望的な気持ちになった。
「……知らない」
「へぇ……」
「……」
「……あいつったら、あたしの好きなところを聞いたら顔って言ってたわ。ねぇ。おかしいわよね」
いつもよりも意地悪なララ。浦山ひろきのことを楽しそうに話さないでほしい。
だって、あの人はララの根も葉もない噂を流した人だよ。
私はララがパパ活の噂を流されて嫌だったという悲しげな様子もすべて見ていた。あなたはとても傷ついていたでしょう。
……そんなニヤニヤした顔で話さないでほしい。私は居ても立っても居られなかった。
裏山ひろきとララが仲良く手をつないで、寄り添い合う場面さえ想像してしまうほどだった。
廊下に人の声が反響していた。だけど、周りには誰もいなかった。ここだけ見たら、私とララが世界に二人だけでいるかのように思えた。
目の前にいる、告白の様子をおしゃべりする女の子の口を閉ざしたい。
彼女が誰かのものになってしまうくらいならーー。
私は壁にホウキを立てかけた後、ララに一歩、近寄った。目と目が合う。絶対に私からは逸らしたくない。こんな場面、前にもあった気がする。あの時は、甲斐さんに見られていてーー。あぁ、ララに触れたい。
ーー私はララにキスをした。
突然のことで、彼女は目を見開いていた。私は大胆にも、今この瞬間は、誰に見られてもいいやと思った。
私の好きなタイミングでララにキスできる権利を今、使ったのだ。
唇を離すと、ララは焦ったように「どうしたの?」と言った。私は何も答えなかった。
何を勘違いしたのだろうか。ララはごくりと唾を飲み込むと、姿勢を正した。
「あたし、真子奈のことが好きよ」
真っ直ぐな目をして、私に思いを告げた。
ーーほんの一瞬だけ、嬉しい気持ちになった。
だけど、ほだされては駄目だと自分で自分を制した。
その時、上の階から、女子生徒二人が降りてきた。一旦、冷静になって、人の気配がなくなるのを待った。
「……私は」
震える声を抑える。
「ララのこと好きじゃない」
拗ねた子どもが言いそうな嘘を言葉にした。
言う側は嘘とわかっているから平気でいられるけど、言われた側は本気にしてしまうことは、その時の私はわからなかった。
ララは息をのんで目を見開くと、悲しそうな顔をした。
「そ、そう」
私から目を逸らして、ぽつりと言った後、ララは来た方向へ戻る。
ーー傷つけてしまった。
私は、自分の名前を面白おかしく呼ばれたら悲しくなるのに、他人の痛みには鈍感だった。何も考えずに発した言葉こそ、相手の気持ちを傷つけることがある。
ララを今すぐにでも、追いかけたかった。
「矢橋さん、もう少しで掃除の時間終わるよ。もっとペース上げたほうが良いかもね」
その時、偶然にも担任の先生が階段を通った。何も終わっていない私を目にして、一言声をかける。……タイミングが悪いと思った。
サボることはできない。
……とりあえず、私が今するべきことは掃除だと自分に言い聞かせて、黙々とホウキでゴミを集めた。淡々とした作業を続けている時は気持ちが落ち着くはずなのに、ララのことを考えている今は、何にも集中できそうになかった。




