第41話 髪を切ってほしいの
<立花ララside>
自分の掃除の持ち場のトイレまで急いで戻った。廊下を走ってはいけないという決まりがあることはわかるけど、足を止めることができなかった。
ーー真子奈に好きじゃないと言われた。
それって、嫌いってことと一緒じゃない……?
あたしは真子奈に告白をした。これでも、一世一代、とてつもない勇気を出したはずだった。
真子奈からキスされて気持ちが盛り上がって、言ってしまった。ーーだけど、すぐに断られた。
あたしは思った以上に、ショックを受けていた。あのまま真子奈と向き合うことが怖くて、逃げてきてしまった。
そう考えると、浦山ひろきはすごいと思った。自分の想いをしっかりと言葉にすることができるんだもの。それに断られても、優しい言葉をかけることができるんだもの。
ーー好きな人に気持ちを受け入れてもらえないのって、こんなにも苦しいものなのね。
……あたしに今まで告白してきた男子達も、こんな思いをしたのかしら。振り返ってみると「ごめんなさい」「さようなら」「あなた誰?」と言って、断ってきた気がするわ……。その男子達も、人知れず傷ついていたのではないか。
あたしは自分の軽々しい行動を恥じた。と同時に、もっと人に優しくしようとも心に誓った。
あたしは真子奈に甘えていたのかもしれない。きっと「私も好き!」と言ってくれるのを心のどこかで期待していたのだ。
あたしはトイレ前の壁に背中をつけた。目が合ったクラスメートの一人が、「大丈夫?」と声をかけてくれたので「大丈夫」と答えた。
混乱した気持ちの中、わかっていることが一つだけあった。それはあたしは、人生初めての失恋をしたということだった。
◇
あたしは葉月の美容院に髪を切りに行った。真子奈に振られた日の放課後。長い髪をさっぱり切りたくなったのだ。
失恋をしたら髪を切るーー。なんて、映画やドラマでも見たことがある展開ね。
葉月には、この前一緒に帰った時に、話の流れから「今度美容院にお邪魔する」ということを言ってしまった。……本当に、ここにやって来ることになるとは思わなかったわ。
あたしは美容院「葉月」に、予約を入れてはいない。急にやってくるお客さんは迷惑だろう。……断られても仕方ないと、ダメ元で足を運んだ。
「すいません……」
「あれ、立花さんじゃん!」
美容院「葉月」のドアを開けたら、なんと葉月がいた。「どうしたの?」と言わんばかりにあたしを凝視する。
「髪を、切ってほしいの……」
虚ろな目で、葉月にお願いをした。
体裁よく取り繕う余裕もなかった。
葉月は近くにいる女性と目を合わせた。この前もいた人で葉月と目元が似ているから、葉月のお母さんだと確信する。
店内には、あたしの他に2人お客さんがいた。不思議そうな顔をして、こちらを見ていた。
「……ばっさり、髪を切ってほしいの。今すぐに……。難しいかしら」
「ちょっ、ちょっと待って。立花さん! ……奥の部屋に来て」
葉月は私の腕を引っ張り、奥の暖簾がある部屋に連れて行こうとする。
おそらく自宅兼、美容院になっているようで、葉月家のリビングに案内される形になった。
葉月はあたしをソファーに座らせて、目の前に麦茶を置いた。
「立花さん、顔色悪いよ。どうしたの? 何かあったの?」
急に訪ねてきて、髪を切ってほしいと言ったからだろうか。葉月は恐る恐る聞いてきた。
誰かに心配されたい気持ちがあったからかしら……。その優しい言葉を聞いたら、つい弱音を吐きたくなった。
「真子奈に好きじゃないって言われたの……」
「えっ……」
「……失恋したら、髪を切るって言うじゃない? ……短くしてほしいの」
葉月は息を呑むように、目を大きく見開いていた。しかし、余計なことは口にしなかった。
あたしはツインテールのゴムを外した。自分で髪を結うことができないからこそ、この美容院で髪を切る決意を込めてゴムを取った。
「……誤解じゃないの?」
「誤解じゃないわ。確かに真子奈に、そう言われたもの……」
「……そっか。立花さんってマコのこと好きだったんだね」
「そうよ」
「……それは友達以上として?」
「そうよ!!」
あたしたちは目が合う。
「……って、なんで葉月が照れてるのよ!」
「いや、ごめん。なんか、初々しいなと思って」
「……バカにしてる?」
葉月のニヤニヤした表情を見てハッとした。あたしも先ほど真子奈に向けていた目ではないかと。
真子奈に浦山ひろきとの関係を探られた時は嬉しかった。「もしかして、嫉妬してる?」と感じて、にやける口元を抑えられなかった。
ーー相手からしたら、ムカつくのも当然だ。
……こっちは真剣なんだから!
……もしかして、真子奈もこういう気持ちになったのかな。
……葉月のおかげで、あたしは新たな視点を得た。少しだけ気持ちも落ち着いた。
「ごめん」
葉月が素直に謝る。
「……別に大丈夫よ」
あたしは、一度言ったことを取り消しにはしたくない。
「……その代わり、私の髪を切ってくれない?」
ずるいかもしれないけど、さっき一度止められた髪を切る話題へと繋げた。
「……まぁ、立花さんがそんなに言うなら、いいけど。予約はしていないよね?」
予約。確かにしてない。
髪を切りたい一心で、葉月の美容院に来た自分を恥じた。先ほど店内にいた、お客さんを押しのけてまでお願いする勇気はなかった。
「……急に押しかけてきて悪かったわね。そうよね。予約が必要よね」
「うん。見ての通り、お母さんは今忙しいし……。その……私でよければ切るよ」
顔を上げると、満面の笑みの葉月が目に入った。
「もちろん美容師免許はないけど、凛香の髪も切ったこともあるほど腕前は確かだよ?(笑)その代わり、お金は貰わない! ……どうかな?」
「……お願いするわ!」
特に断る理由もなく承諾した。
「よしっ。じゃあ、準備するから、ちょっとそこで待ってて」
そう言うと、葉月はリビングから消えていった。その後ろ姿は軽やかだった。




