第37話 あたしたちの関係
◇
掃除の時間に階段の踊り場に行ったら、一人でホウキを掃いている真子奈がいた。
朝、教室で顔を合わせた時にも、真子奈とは一言二言、言葉を交わしていた。
「風邪、治ったんだね! 良かった」
「ありがとう。昨日はお見舞いに来てくれて……」
「ララちゃーーーーん!!!!」
その後、すぐに飯塚が来て、肩を組まれた。空気を読んだ真子奈が、その場を去り、結局、掃除の時間まで彼女とは話せずじまいだった。
あたしたちがゆっくり話せるのは、結局、この場面しかないのかもしれない。
「真子奈!」
「あっ! ララ」
「……あたしの風邪、うつってない?」
真子奈は今まで誰かから風邪をうつされたことがないと言っていたけど、昨日、あたしが強引に家に呼び出したから、今回は例外で風邪を引いてもおかしくないと思った。
そんな意味で聞いたのに、真子奈は少し黙った後、顔を赤くして「うつってないよ!」と力強く言った。
不思議に思ったあたしは、何か変なことを言っただろうかと考えたのち、一つの結論に辿り着いた。
「あたし、昨日、真子奈に変なことしてないわよね?」
キスをしていないか確かめるつもりで言った。
「……変なこと?」
そしたら真子奈は眉間にシワを寄せてあたしを見た。
「ララはキスを変なことってたとえるタイプなの?」
「そういう意味じゃ……。って、その反応は、あたし夢じゃなくて本当に真子奈にキスをしたってことね」
「うん」
「……」
「ねぇ、なんで、キスしたの?」
「真子奈が夢に出てきたから、その……」
「へぇ……。ララは夢にあたしが出てきたらキスするタイプなんだ」
今日の真子奈はちょっと意地悪だ。
「……いや、夢じゃなくてもしたじゃない。観覧車のてっぺんで!」
二人とも今、頭に浮かんだのは遊園地の、あの場面ーーのはずだった。
あたしは無意識のうちに、真子奈の唇を見ることになる。
あたしは病み上がりということで今日一日はマスクをして過ごしていた。
しかし、真子奈の視線で、あたしの口元あたりを見ているのがわかった。
「したね……」
「したわね……」
「……昨日のキスは、突然でびっくりした。だけど、風邪引いてたからか、わからないけど、ララがいつも以上にかわいかった」
「えっ……」
「なんか、ララばかりずるい! ララの好きなタイミングでキスするなんて……」
「だって……」
「じゃあさ、私も……キスしていい? ら、ララから2回したから、私も2回したい……。やられっぱなしなのは嫌だから……。それだと、おあいこでしょ?」
真子奈はあたしをじっと見る。
えっ。どういうことなの。なにその、かわいい提案。
真子奈がいつもにまして積極的だった。
「……ダメかな?」
あたしの気持ちとは裏腹に、真面目に許可を取ろうとする真子奈。拒否する理由は特になく、あたしは「いいわ」と承諾した。
「真子奈が好きな時にしてきて……。って、ことは、別にあたしからのキスは嫌じゃなかったってことよね?」
「……うん。嫌じゃなかった」
「そ、そう。なら、良かったわ」
「ねぇ、私たちの関係って何?」
「友達……だと、あたしは思っているけど、友達はキスする関係じゃないわよね」
「うん」
「でも、恋人でもない……」
「うん……」
わからない。わからないことが多すぎる。
だけど、"キスする関係"を"友達"と括るのは失礼な気がした。
「ねぇ、ララは親友っている?」
「いないわ……。真子奈は?」
「私もいない。じゃあさ、この関係は親友ってことにしない?」
「親友……」
あたしの人生に親友がいたことはない。
……だから正解がわからない。
だけど真子奈が言うなら、この関係は親友ということにしても良いのかもしれない。
「……わかったわ」
少しだけ胸のモヤモヤが残る。
「うん。そういうことにしよう! ……じゃあ、よろしくね」
真子奈から握手を求められる。だけど、これで良いのだろうかという気持ちは消えない。
あたしは今まで親友はいたことがない。
だけど、そもそも宣言してまでなっているのなら、それは親友じゃないのではないか。
ーーそう思ったけど、せっかくの良い雰囲気に水をさすことはしたくなかった。
真子奈の右手はひんやりとしていて、病み上がりのあたしには心地が良かった。
◇
スマホで「親友」と検索したら、意味は「とても仲が良い友人」と出てきた。
とても仲が良い友人……。
それなら真子奈とあたしの関係は、何の矛盾もするところがない。実際キスするくらい仲が良い友人だ。
……。
ーーだから、これで良いのかもしれない。いや、ダメ!!!!
混乱しているあたしは、誰かに話を聞いてほしかった。一人で悶々と考えていると、ドツボにハマって抜け出せなくなってしまいそう。
今の悩みで、良いアドバイスがもらえそうな人はーーーー、一人浮かんだ。
葉月明子。
女同士で(中原妹と)付き合っていて、キスをする場面もこの目で見た。
しかも葉月は友達が多い。その中で、なぜ中原妹と付き合ったのか、理由を聞いてみたかった。
あたしは早速その日、グラウンド脇で、陸上部が終わるまで待った。
そのまま待つのも何だったので、カバンを机代わりにして、宿題をしながら待っていた。
途中、横を通る男子の先輩が ヒューと口笛を吹いたり、隣にいる友達らしき人に向かって「かわいい」と言ったりするのが聞こえたけどすべて無視したわ。
しばらく待っていたら日も暮れてきた。グラウンド脇から葉月と甲斐が一緒に歩いてくるのが見えて、あたしは立ち上がる。
「タイム縮んだんじゃないかな?」
「ねっ。次の大会が楽しみ」
「……ちょっと、葉月。ツラかしなさい」
乱暴な言い方になってしまったけど気にしないわ。甲斐はムッとした顔で、あたしを見てくるけど気にしない。
「立花さん、お疲れー! ……じゃあ、一緒に帰ろうか? ごめん。甲斐、また今度一緒に帰ろう〜」
そう言って葉月は甲斐に、優しく微笑んだ。甲斐は最初こそ状況が掴めなかったようだが、渋々あきらめて一人、先を行く。
葉月は甲斐と仲が良い。同じ部活仲間だからと言ってしまえばそれまでだけど、あたしだったら、甲斐と仲良くやれている自信がない。クラスのみんなともそつなく仲が良いように、あらためて葉月の凄さを思い知った。




