第33話 観覧車で…
観覧車は、閉園間近でもなかったからか空いていて、すぐに乗ることができた。スタッフから鍵をガチャリと閉められた時、真子奈と二人きりの空間にいることを意識した。
お互い向き合う形になる。ちょっとだけ気まずい。
「……あれから、丸本とはどうなの?」
気恥ずかしさや、沈黙を埋めるがために、頭に浮かんだことを口にする。真子奈はすぐに微妙な顔をしたから、まずいと思った。
「何もなってないよ。あれから話すこともなかったし……」
「そっか……」
純粋に気になっていたから聞いたけど、真子奈からしたらウザかったのかもしれない。寝不足のせいにするのは無粋だけど、今日のあたしはおかしい。
「……それこそララは甲斐さんとはどうなの? あれから何もない?」
おそらく真子奈も気になっていただろう話題を口にした。甲斐とは階段の踊り場で本音を話して、握手をし合った仲ではあるけど、あたしは別に許してなかった。
「何もないわ。あっ。そういえば廊下ですれ違う時、一度ベーッと舌を出されたことがあるわ。あれ、子どもっぽくて、あたし無視したの。相手をしなかったからか、最後には恥ずかしそうにしていたわ」
「ふふっ。そうなんだ」
何かのツボに入ったようで真子奈は笑った。
真子奈が笑ってくれると、あたしは嬉しい気持ちになる。そんなことを、今この瞬間に気付いた。
「……甲斐さんには、公園で私たちがキスする真似をしたところを、見られちゃったよね」
「あら。あれ、真似だと思ったの?」
なんとなく、真子奈をからかいたくて、深い意味も持たずに口にしたことだった。
しかし、予想外にも、真子奈は「えっ」と驚いた表情になって、みるみるうちに顔が赤くなった。
……。
とても、冗談だよなんては言えない雰囲気になる。
ふと、今の状況を冷静になって振り返ることになる。
真子奈と観覧車に乗っていて……二人きりだ。
観覧車と言えば、映画やドラマで男女がキスをするシーンをよく見ることがある。急に恥ずかしさが込み上げてきて、真子奈の顔が見れなくなった。
どこか頭もぼーっとして、いつもよりも理性を保つのが難しくなっている気がする。いや、これは言い訳ね。
「……あの時、あたしがしたのはキスの真似じゃないわ」
あたしは、はっきりと真子奈に告げる。
「えっ。それって、どういう意……」
「……真子奈は、あたしにキスされるの嫌?」
目が泳ぐ真子奈。指先をギュッと握りしめて戸惑っている。
……かわいい。
もっと近づきたい。
こんなかわいい女の子、他にいないわ。
あの時のように、あたしは真子奈の両肩にそっと手を置いた。反射的にビクッと身を震わせはしたものの、真子奈はあたしを避けることはしなかった。
あれ。嫌がっていないのかしら。
真子奈は何も言ってくれない。
少し顔を近づけてみたら、突き飛ばされる覚悟もしたけど、避ける素振りを見せなかった。目と目が合う。あたしの心拍数は上がる。
「嫌じゃないなら、目をつぶって」
その台詞を言う時、心が震えるような思いがした。あたしは一種の賭けに出たのだ。
その数秒間が酷く長く感じられるほどーー真子奈は節目がちに目を閉じた。
あたしは許された気になってしまった。
本当に……?
緊張しながらも同じように目を閉じた。
正直に言うと、多少迷う気持ちも残されていたけど、したい気持ちの方が上回り、あたしは真子奈にぐっと体を寄せた。
引き寄せられるように、唇と唇が触れた時、全身に痺れが走ったような感覚を覚えた。甘い匂いがしてクラクラした。
ーー観覧車の中、真子奈とキスをした。
頭がふわふわして何も考えられなかった。ガタンと大きくゴンドラが揺れた時に我に返る。真子奈からそっと離れると、外からは市内の景色が一望できた。あっ。ここ、頂上だったんだ。
多分だけど、この遊園地には観覧車の頂上でキスをしたカップルは幸せになれるなどの言い伝えはないと思う。だけど、あたしはそんな神頼みをしなくても平気なくらい、幸せで胸がいっぱいだった。
「……」
「……」
何を話せば良いかわからなかった。真子奈は目を逸らさない。
「……ララ、顔真っ赤」
「真子奈だって」
あたしたちは一線を超えてしまった。この場合、一線という言葉で合っているのかしら。まぁ、いいわ。
葉月と中原妹がキスをしていたような、キスをしてしまった。だけど、あたしと真子奈は友達だ。
そこだけが、葉月と中原妹と明確的に違う部分だと思った。
「初めてのキスだ……」
真子奈がぽつりと呟くと、心が跳ねた。
もしも、真子奈が男の子とキスをしたら、同じように今の台詞を言っただろうか。嫌だ。誰かに言ってほしくない。取られたくない。あたしの側にいてほしいなんてことを強く思った。
「あたしも……」
「……ふーん。でも、ララ。あの公園で『ほっぺにならキスされたことある』って言ってたよね」
真子奈が、まるで嫉妬するみたいに、悔しげな目を向けた。
「……あら。真子奈だって、同じように『ほっぺにならキスされたことある』って言ってたじゃない!」
やり返すつもりはなかったけど、過去を思い返し、つい気になったので聞いてみた。
「あれは家族にだよ……」
恥ずかしそうに下を向く。
「あたしも、そうなんだけど……」
「そうだったの!? 私、てっきり男の子にされたのかもとか、いろいろ考えちゃってた……」
「そんなわけないじゃない」
真子奈は胸を撫で下ろすようにホッとしている。……もしかして、気にしていたの?
愛おしさが、さらに込み上げてくる。
あたしのファーストキスの相手は真子奈。
真子奈のファーストキスの相手もあたし。
初めての出来事は強く記憶に残る。
あたしは真子奈とキスしたことを、この先ずっと忘れることはないだろう。
そう、何があっても……。
真子奈はどうかしら?
真子奈が、この先、どんな人生を歩もうと、過去を振り返る時に、あたしのことを少しでも思い出してくれたりするのかしら。そうだったら良いな。
「……あたしも、真子奈とのキスが初めて」
「……」
「だから、その……ごめんね」
なんて言葉を続けていいかわからず、つい謝ってしまった。
「……ごめんねなんて、言われたくない」
真子奈が冷たい声を発する。
「そ、そうよね。じゃあ、えっと……ありがとう」
「なんか、それも違う気がする」
気のせいかしら。
あたしと真子奈はキスをした。関係性は変わっていないのだけど、前と同じではない。
なんだかゴンドラいっぱいに甘い雰囲気が漂っている。
真子奈が熱い視線であたしを見てくる。
あたしが見つめ返すと、遅れて視線を逸らす。そんなことが、すごくもどかしい。
……そうこうしているうちに、もう少しで地上だった。大切なことを話そうにも短い、あっという間の時間だった。
あたし達は、椅子に座り直し、身支度を整える。
「はーい! お疲れ様でしたー♪」
スタッフがゴンドラのドアを開閉して、快活にあたし達に声をかけてくれる。お礼を言って二人で降りると、ふと4人を待たせているのではないかと不安になった。
「真子奈、急ごう」
「う、うん」
とりあえず、さっきまで座っていたベンチに行こう。
あたしは真子奈と並んで歩くこともせず、一人、先を急ぎ、彼女を目的地まで誘導しようとした。




