第28話 決意
<立花ララside>
自分が担当しているトイレ掃除を終わらせて、今日もあたしは真子奈の元へと向かう。
じっとトイレにいても、退屈だから足を運んでいるだけだから……!
便器をピカピカに磨き上げておくと、掃除を途中で抜け出しても、他の子から何も言われない。……まぁ、あたしがいなくなった後、いろいろ陰口を言っているかもしれないけど、別にどうだっていいわ。
だけど、今日は階段の踊り場に行っても真子奈の姿がなかった。
あれ?
おかしいなと思いつつも、周辺はゴミ一つなかったから、掃除をした後だとわかる。
……どこかに行っているのかしら。
あたしは肩透かしをくらい、ぺたっと壁に背をつけた。ざわざわと人の声が反響している。
そういえば真子奈は、朝、教室前で知らない男子に声をかけられていた。
見たところ、同学年の男子だ。手には赤ペンが握られており、それを真子奈が受け取っていた。話を聞く限り、「弟が借した赤ペンを兄の丸本くんが届けにきた」と言っていたけど、なんだかモヤモヤする……。
その後、葉月が真子奈を見て、「青春」とも言ったわ。
……。
そんなの青春なんかじゃないわ!!!!
真子奈のことを否定するわけじゃないけど、あたしは……認められなかった。
あれ? もしかして……。
真子奈は今、あの男子に会いに行っているということはないかしら。
メガネをかけていて、特にこれと言って特徴はなかった男子・丸本。
あの男子に、真子奈が息を切らして会いに行ってるとしたら……。
嫌だ。考えたくない。
真子奈。お願い、早く戻ってきて。
まるで独占欲をむき出しにするような、不可解な気持ちに振り回されるなんて……。あたしらしくない。
あれこれ一人で思いを巡らせていたら、ほどなくして真子奈が帰ってきた。
目が合ったら優しい言葉をかけたかったのに、素っ気なく「どこ行っていたの」と、言ってしまった。
「……えっと、丸本くんのところ」
「丸本くん!?」
あたしの予想は当たった。
「うん。そうだよ。聞きたいことがあったの」
気になる。聞きたいことって何!?
かなり気になるけど、あたしは「ふーん」と返答することしかできなかった。
いつものあたしならグイグイ聞いているはずなのに……いくじなし。
あたしの気持ちを知ることなしに、真子奈は続ける。
「丸本くんと私、中学校が同じだったの! あの時に気になっていたことがあったから……聞きに行ったの。結果として、真相がわかって良かった」
素直に打ち明けてくれる真子奈。
あたしは、あまのじゃくでウジウジしている自分のことが恥ずかしくなった。
「そうなの」
気の利いたこと一つも言えない……。
真子奈の中学時代を知っている丸本。
あたしの知らない真子奈を知っている丸本。
……あたしは真子奈のこと何も知らない。
これって、嫉妬しているということかしら。こんな醜い感情なくなってほしい。
せめて真子奈といる時だけは、嫌味がない女の子でいたい。
何故なのかしら。こんな気持ちになるのは。今まで、他の女の子に独占欲なんて芽生えたことがなかった。
真子奈が葉月や中原と楽しそうに笑っている時も、たまにモヤモヤとした気持ちになることがある。
高校に入学して、一番に話しかけてくれた葉月が、女の子と付き合っていると知った時は、特にモヤモヤした気持ちにはならなかった。むしろ、祝福したほどだ。
もしも真子奈が誰かと付き合ったら、きっと、居ても立っても居られないわ。
……きっと、あの放課後がいけないのね。
パパ活していると噂されて、珍しく落ち込んでいた時に、真子奈が現れたから。ノートのぐるぐる書きを消してくれたから……ほだされてしまったのね。
あっ。そっか。あたしは、友達が少ないから、真子奈一人に対する感情も重たいものになってしまうのかもね。
大発見だった。
嫉妬して、真子奈に気持ちの余裕を持てずにいるくらいなら、多少無理してでも新たな友達を作りたかった。
すとんと腑に落ちた。重荷が取れた気がした。あたしの中で、真理に近い気持ちに辿り着いた。
……そっか。最初からそうしていれば良かったんだ。
覚悟を決めたあたしは、真子奈に対しても優しい気持ちを向けられる気がした。
「良かったね。真子奈」
不思議と笑って言うことができた。
あたしに友達ができたら、真子奈ともっともっと仲良くすることができると直感で感じた。
当の本人の真子奈は、ぽかんとした顔をしていた。
◇
女子グループは、最初は仲が良くても、ちょっとしたいさかいで崩壊することがある。特に奇数のグループは厄介だ。慎重に立ち回らないといけないわ。
グループの崩壊は、高校に入学してすぐの、5月後半にも見られることがある。
飯塚美園も、そのうちの一人だった。
第一印象はギャル。明るい色の髪に、派手めのアクセサリーを付けた彼女は、クラスの中でも目立っていた。
飯塚は出席番号が近かった、江口や加藤と一緒にいることが多かった。しかし、最近は何らかの理由で、自分の席に一人でいて、スマホをいじっていることが多かった。
そのうち、同じく一人でいるあたしに話しかけてくるようになった。
「髪って染めてるの? 地毛?」
「ねぇ。ララちゃんって呼んでいい?」
「サッカー部の池田先輩ってさ、かっこよくない?」
積極的な性格に、くるくると変わる話題。あたしは最初、相槌を打つことしかできなかった。
どちらかといえば、あたしに合いそうにないと思った……けど、友達になるには、うってつけの相手だと思った。
あたしは愛想がない。にもかかわらず、飯塚はめげずに話しかけてくる。その姿が、"真子奈に会いに行くあたし"と被って見えて、優しくしたいと思った。
「飯塚。犬って好き?」
「えっ。ララちゃんから話題振ってくれるなんて珍し〜。なんで、なんで? 普通に好きだよ〜」
「そうなのね。あたし、犬飼ってるわ」
一瞬、時が止まった。……あれ。なんか、間違えたかしら。
飯塚はケラケラと笑う。
「ちょっ、スネ夫みたい! 自慢かと思ったよ〜。何犬? 写真はあるの?」
「……ゴールデンレトリバー。待って。昨日撮った、かわいい写真があるから……」
「どれどれ……。って、お腹出してる!!!! きゃわいい!!!!」
……レトをきっかけに飯塚と仲を深めるための一歩を踏み出せたように思う。けど、あたしがスネ夫って。なんか、ムカつくわ。
あたしはお昼ご飯は、基本的に一人で食べているけど、最近は飯塚に誘われたら一緒に食べるようにしている。この前は、お腹いっぱいだからと6Pチーズをあたしにくれようとしたわ。
「あたし、チーズ苦手なのよ」
空気を読むことをせずに、バッサリと断ったからかしら。
飯塚は、またケラケラと笑った。
「ララちゃんおもしろっ!」
あたしの背中を叩きながらも、さり気なくポケットにチーズを入れてくる。
「ちょ。やめてよ」
「あはははは」
……不思議なことに、他に友達を作ると、真子奈に執着しなくて済んだ。飯塚といると気がまぎれる。
多分、目の前のことに集中しているからかしら。その分、真子奈にとらわれる必要がなくなるように感じるわ。
だけど、教室にいる時は、当たり前に真子奈がいるので、ーー結局引き戻される。飯塚と友達になってから、掃除の時間に、階段の踊り場に行く回数も減った。
……たまに廊下で丸本を見かけると、嫌な気持ちになるのは変わらないわ。
真子奈のこと好きなんじゃないか。狙っているんじゃないかと、ついきつい目を向けてしまう。相手も目が合うと、無意識的に逸らしてくる。
気づけば雨が降る日が増えて、梅雨に突入したことを知った。
ああ。もうしばらくはグラウンドで体育をすることがなくなるわ。なんて、ぼんやりとした頭で考えた。




