第29話 よそよそしい
<矢橋真子奈side>
……ララが最近よそよそしい。
前は掃除の時間に、階段の踊り場に来てくれていたのに、最近はめっきり顔を出してくれなくなった。
私だって最初の頃は、掃除の持ち場を抜け出してくるララを心配した。同じ担当の人と馴染めてないのかなとか、先生に怒られないかなとか、いらぬ心配をした。
だけど、いざララが来なくなってみると、寂しい気持ちになるから、私は自分勝手だ。
……それに、ララは最近、飯塚さんといることが増えた。
飯塚さんは明るく元気な女子で、クラスの中でも目立つ存在だ。ララと一緒にいるところをよく見るようになった時、私は「すぐに離れるだろう」とおごったことを考えていた。
第一、二人は性格が合わないように感じた。今となってみれば、ララの一番は私だろうと自負した身勝手な気持ちがあったのかもしれない。
時間が経っても、二人は中々離れることがない。お昼ご飯も一緒に食べているみたいだし……純粋に仲が良さそうだと思った。
飯塚さんは、江口さんと加藤さんと同じグループにいた。だけど、私にはわからない何らかの理由があって、飯塚さんが一人でいるようになった。
ララは一人行動をしても何も思わないタイプだ。しかし、飯塚さんは、クラスの誰かと一緒にいたいタイプに思えた。縁やタイミングが、二人を引き寄せたのだろう……。
私もどちらかというと一人で行動することができないタイプだ。一人でいると悶々と嫌なことを考えてしまい、誰かと喋っていた方が気が紛れる。
それに、私はアキとナナミンといる時間が好きだった。最初の頃、この輪の中に、ララが入ってくれるのではないかと期待した。しかし、上手くはいかなかった。
現実は、私以外の友達ーー飯塚さんのような相手を見つけて、一緒にいるのが自然なことのように思えた。
……寂しい。
私はホウキを持ちながら、下唇を噛んだ。
いろんな人が私の横を通り過ぎるのに、たった一人の来てほしい人とは出会えない。
下を向いて、ギュッと目を閉じた。
ーーすると。
「真子奈」
ーーララが階段の下から現れた。
「あっ……」
信じられなかった。ララのことを考えていたから、ララを本当に引き寄せられたのかなと思ってしまうほどに、私は感激していた。
「何? どうしたの。涙目じゃない」
素早く駆け寄ってくれては、私の目をじっと見る。
ララに会いたかったけど、こんな情けない姿は見られたくなかった。そんな矛盾した気持ちを抱える私がいた。
「め、目にゴミが入っただけだよ」
「そうなの? 見てあげるわ」
さらに距離を詰めてくる。
ララの瞳の中に、私が映っているのが見えた。わぁ……まつ毛が長い。
今までこんなに近寄ったことはあっただろうか。
……そういえばあった。
公園でキスする真似をした時。ララの顔が今のように近くにあったはずだ。
あの時のことを思い出して、目のやり場に困った私は、視線を横に移動させる。
あっ。
私たちの親密なやり取りをーー甲斐さんが目を丸くして見ていた。
甲斐さんと最後に話をしたのは、まさしく私とララがキスの真似をしていた公園でだ。浦山ひろきと一緒にいて……酷い言葉を浴びせてきた。
また、"変なところ"を見られちゃったな。
見ようによっては、あの時の、キスシーンみたいに見えるかもしれない。
そういえば、ララの噂をパパ活以降聞いたことがなかった。失礼だけど、甲斐さんのことだから、私とララのあることないことを勝手に広めていると思った。
私が黙っていたからだろうか。ララが同じように視線の先を追った。
「あっ」
二人の目が合う。
甲斐さんはそのまま回れ右をして、その場を立ち去るのかと思いきや、一段二段と階段をのぼって、私たちに近づいてくる。
えっ。なになに。
焦る私と、眉間にシワを寄せるララ。
階段の踊り場で、私、ララ、甲斐さんが顔を見合わせる形になった。しばしの沈黙の後。
「話があるの」
彼女は静かな声で、確かにそう言った。
「……何?」
ララは警戒心を解かない。
「ーー私、ひろきと別れたの」
「えっ?」
……予想外の発言だった。甲斐さんは構わず続ける。
「前に公園で会った時あったじゃん? ひろきは立花さんの味方をするしさ……なんかその時に気持ちが冷めたの。で、私から振った!」
甲斐さんは自分の髪をくるくると触っている。どうやら無意識のようだ。私も動揺した時に髪を触る癖があるから一人、心の中で共感してしまった。
「一応、報告!」
「……」
「ねぇ。ザマアミロって思った?」
「……」
「なんか言ってよ! まぁ、最初は立花さんを恨んだ! 思い返せば私、マラソンでも負けたし。イライラが止まらなかった!」
ララは冷ややかな目で甲斐さんを見つめる。
「……まぁ、でも今こうして、立花さんと向き合うことができているくらいだから私も成長したのかもね」
「……自分で言うな。バカ」
「はぁ!? うっざ!!!!」
売り言葉に買い言葉。ララが一瞬、口元をほころばせていた。
「……立花さんがパパ活してるって話もさ、ひろきが言ってたからって信じてたの。あいつに問い詰めたら嘘だってね!?」
「……」
「……今だから言うけどさ、立花さんがレズだって噂も私、流す気でいた」
ララが一歩前へ出る。手が出そうな気配を感じて、私は二人の間に入った。
「ちょ。最後まで聞いて! 私、ひろきを見て思ったの。嘘の噂を流す人って、人間的に腐ってる。だけど、そんな人と付き合うと、やっぱり影響されるの。一緒にいるうちに、それがおかしいことだって思わなくなるの! 別に噂くらい流してもよくね? って考えになるの。離れてみて、洗脳が解けたっていうのかな? 目が覚めた感じがするの」
甲斐さんは焦っている。だけど、嘘をついているようには思わなかった。
「……あんたさ、何が言いたいの? 結局」
ララは怒っていた。無理もない。
私も甲斐さんが結局、何を言いたいのかわからなかった。
「……ごめんなさい」
すると、甲斐さんは頭を下げた。きれいな90度の角度だった。




