48 最終話
鋭く光る碧の瞳に射抜かれ、身体が竦んでしまう。
俯き、恐怖で震える唇を、なんとか気力で動かした。
「……そう、だね。確かに私は、前世で『スノウホワイト』と呼ばれていたよ」
雨宮くんの反応を見るのが怖くて、顔を上げることができない。
「……わかった。ありがとう。そのことを確認できてよかった」
その言葉に恐る恐る顔を上げると、雨宮くんはホッとしたような表情でこちらを見つめていた。
「正直、この誕生日プレゼントは賭けだったんだ。君が目にコンプレックスを持っているのは勘づいていたし、どんな反応をするのかなって」
「……」
「本当は、その反応を確認してから『前世』についていろいろ聞いてみようと思ってたんだけど……」
「……私がうっかり転んで蒼い瞳を見せちゃったから、順序が逆になってしまった。と」
「そういうこと」
私が転んだ瞬間を思い出したのか、ふふっと笑う雨宮くんに、なんとも気恥ずかしさを覚えてしまう。
「白雪さん。……いや、『ーー』」
「!!」
(その、名前は……)
雨宮くんが告げた名に驚き、心臓がドクドクと大きく波打っている。
魔女として蔑まれた『スノウホワイト』ではない、本当の……
すると、雨宮くんがスッと立ち上がり、ピンと背筋を伸ばした。
「『前世』での非礼を心からお詫びする。……本当に、すまなかった」
上半身を美しく直角に折り曲げるその所作に、レイン王子の姿が重なる。
「……今更謝っても、どうにもならないことだってわかってる。もちろん、許しを乞うつもりもない。……これは、僕のエゴだ」
「……」
「これで、やっと僕は……」
頭を上げた雨宮くんは、まるで呪縛から解き放たれたような、すっきりした表情を浮かべていた。
「……私は、」
ぎゅ、と自分の胸の辺りを掴む。
「さっきも言ったけど……『彼女』は、最期に言いたかったこと……好きな人の名前を、呼ぶことができたから。もう、いいの」
「……」
「それに、今の私は『白雪夏芽』だから。『前世』よりも、今の自分を大事にしたい」
「!」
雨宮くんの碧い瞳が見開く。
「だから、雨宮くんも……これからは、『雨宮冬貴』として生きてほしい」
祈るような顔で、雨宮くんを見つめた。
「……うん、もう目的は果たせたからね。君がそう望むのなら、約束する。……これからは、お互い『白雪夏芽』と『雨宮冬貴』として接するって」
そう言った雨宮くんの顔は、いつもの雨宮くんと変わらない穏やかな顔で。
レイン王子の面影と重なることは、もうなかった。
「……うん!これからもよろしくね、雨宮くん」
「こちらこそよろしく、白雪さん」
お互いに、ガシッと固い握手を交わす。
「あ、最後にひとつだけ、いいかな?」
「?」
お互いに言いたかったことは言い尽くしたと思っていたので、少し戸惑いが生じる。
(一体、何だろう……?)
すると、雨宮くんが自身の唇を私の耳に寄せて、
「……17歳、おめでとう。楽しんで」
と、囁いた。
「!!」
思わず耳を押さえてパッと雨宮くんの方を見ると、彼はくすくすと笑っていた。
耳を押さえている手が、耳の体温を吸収するようにほんのりと温かくなっていく。
そこでふと、あることに気づいた。
『前世』の私は、享年16歳。
つまり、初めて体験する17歳という人生を存分に味わってほしい。
……という、雨宮くんなりの応援メッセージ、らしい。
(そうか、だから雨宮くんは……それにしても、わざわざ耳元で言う必要ある?)
もやもやと考え込んでいると、今度は顔が徐々に熱を帯びていった。
雨宮くんは、そんな私をまるで小動物を愛でるかのような眼差しで見つめていた。
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その後お互いの寝床へ戻ると、次の日には何事もなかったかのように、雨宮くんは帰っていった。
「お邪魔しました」
「冬貴くん、またいつでもいらっしゃい。……あら?なんだか、昨日に比べてすっきりした表情ね」
「……そう、でしょうか?」
「うふふ、まあいいわ。……うちの娘のこと、今後ともよろしくね」
「はい、こちらこそ」
「……お母さん、雨宮くんと何話してたの?」
「内緒!」
どうせまた、余計なことでも話したのだろうと、私は溜息をつくことしかできなかった。
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それからは、のんびり冬休みを満喫した。
年末には年越しそばを食べて、年が明けたら陽向たちと初詣に行って。
こんな『普通』の日常が、何よりも愛おしい。
『前世』について、陽向や雨宮くんと話すことも一切なくなった。
こうして私は、何にも、誰にも縛られることなく、自分の意思で自由に生きていくんだ。
……あぁ、楽しい。
まさに、理想としていた平穏な暮らしにたどり着いた。
と、心からそう思った。
そして、季節は春を迎える。
桜が舞い散る様子を眺めていると、
「おーい!夏芽!」
「夏芽さん、何してるの!遅刻しちゃうよ!」
「はーい、今行く!」
陽向たちに呼ばれ、並木道を駆けていく。すると、
「白雪さん」
「……雨宮くん」
何かを伝えたそうに揺れる碧い瞳と、ばっちり目が合った。
「……一緒に、行こうか」
「……うん」
一定の距離を保ちつつ、二人して走り出す。
……今はまだ、伸ばした手は触れないけど、いつかは掴むことができるのだろうか。
でも今は、この距離感が心地良い。
……この平穏な日々が、いつまでも続きますように。
これから始まる新たな生活を祝福するかのように、太陽が私たちを明るく照らしていた。
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『地味子に転生した悪役令嬢は平穏な日々を送りたい』
ーーEnd
『地味子に転生した悪役令嬢は平穏な日々を送りたい』
これにて完結です。
拙い部分も多々ある中で、最後まで根気よく読んでくださった読者の皆様、誠にありがとうございました。




