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お邪魔します。と小声で囁いた雨宮くんを、部屋に招き入れる。
ローテーブルを挟んで、お互いが向かい合うように座った。
なるべく大きな音を立てないよう慎重に、ゆっくりと。
起きていることが親にバレると厄介なので、天井照明の代わりにテーブルランプを灯す。
ほわっと、ローテーブルの周りを囲むように光が包んだ。
「今日はごめんね。両親がたくさん迷惑かけて」
「そんなことないよ。とても優しくて良いご両親だと思う」
「あはは……ありがとう」
頭をぽりぽりと掻いていると、雨宮くんの顔からスッ……と笑顔が消えた。
「ところで、その瞳。……やっぱり、黒じゃなくて蒼なんだね」
そう言われてハッとした。
(……しまった。もう寝る体勢だったから、カラコン取ってたんだった)
「やっぱり」ということは、転んでカラコンが取れた際すでに見られていたんだろう。
もう言い逃れはできない。と観念して息を吐いた。
「……うん。私、本当は蒼色の瞳なんだ。学校では、バレないように黒のコンタクトをつけてた。……ずっと騙してて、ごめんなさい」
「……」
「昔ね、この瞳が原因でトラブルに遭ったことがあって。……それ以来、他人にはなるべく瞳を見せないように生きてきたの」
私が話している間、雨宮くんは微動だにせずじっと私を見つめていた。
「話って、そのこと?」
負けじと、雨宮くんを見つめ返す。
一呼吸置いて、雨宮くんが口を開いた。
「……瞳についても、話したいことのひとつではあるけれど。それに関連してもうひとつ、確認したいことがある」
ゴクリ、と唾を飲む。
「白雪さん……君は、2学期に入ってから徐々に変わってきたと思う。瞳を隠すだけなら、以前のように前髪を伸ばしてるだけでも十分効果があった。もし誰かしらに見られていたのなら、珍しい色だと噂になっていただろうし」
「……」
「でも、わざわざ黒のコンタクトを用意して、あえて目を出すようになった。……では何故、そうしたのか」
「……それ、は」
じわり、と額に汗が滲む。
(「地味子」だと罵られ虐められたから。……と言っても間違いではない。けれど、)
おそらく、彼が知りたいのはそこじゃない。
「変わったのは見た目だけじゃない。僕の知る限り、以前の君はもっと慎ましい印象だった。……陽向くんから、たまに話は聞いていたよ。『あいつ、俺以外に仲良い友達がなかなかできなくて』って心配してた」
「……」
「でも、今の君は違う。生徒会に入り、東雲さんや……僕とも、普通に会話を交わし、良好な関係を築いている。いずれも、以前の君には考えもつかなかったはずだ」
……鋭い。
他人のことをよく観察しているんだなぁ……と感心した。
……ん?待てよ。ということは、
(雨宮くんは、私と席が隣になるよりも前から……私のことを認識していた?)
ふと頭をよぎったその考えに、額に滲む汗の量が増える。
「どうしてここまで君は変わってしまったのか。何かしらの大きなきっかけがあったんじゃないか、と僕は考えている。そう、例えば……」
前世の記憶が蘇った。……とか、ね?
この瞬間、時が止まった。
……が、しかし。意外にも私は落ち着いていた。
様子を窺っているのか、お互いに沈黙を保っている。
「……」
「……」
雨宮くんの表情からは、全く感情が読み取れない。
『前世』という非日常な単語を発したにも関わらず、彼は至って普通の表情だ。
それはまるで、『これが正解だと確信している』かのような。
「……無言、か。特に反論もないってことは、肯定しているも同然だと考えてもいいのかな?」
先に沈黙を破ったのは雨宮くんだった。
(これは、もう……)
その質問の返答の代わりに、目を伏せる。
……わかっていた。この人相手に、嘘は通用しない。
玄関先で転んだあのときから、言及されるのも時間の問題だと。
ーー……俺は、雨宮や副会長にも『前世』があると思ってる。
以前、陽向と『前世』の話をした際、彼はこう言っていた。
(陽向の発言と、今日の雨宮くんの言動。これらから導かれる答えは……)
「……雨宮くんも、前世の記憶がある。……ということで、合ってる?」
すると、彼は口角を上げてフッと笑った。
「……本当に、白雪さんは察しがよくて助かるよ」
……ビンゴだ。
(もう、遠慮はいらないな)
覚悟を決めた私は、少しずつ言葉を紡ぎ始めた。




