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お互いに何も言葉を発することなく、ただただ沈黙の空気だけが漂う。


メガネが飛んでいってしまったせいで、雨宮くんがどんな表情をしているかはわからなかった。


「……」

「……」


一応、左手でカラコンの取れた左目は隠しているが、こんなのは気休め程度にしかならない。


頭の中で、ぐるぐると言い訳を考えることだけで精一杯だった。


(……どうしよう。目について、なんて説明したらいい?一体どうしたら……)


焦りばかりが募っていく。


すると、おぼろげな視界の中で、目の前の影がゆるりと動き出した。


「……?」

「……あぁ、メガネ、少し壊れちゃってるね」


どうぞ、と手渡されたメガネを指の感覚で確かめると、フレームが若干歪んでしまっているようだった。


「……ありがとう。でも大丈夫、スペアも持ってるから」

「そっか」


玄関はすぐそこだし、とメガネをかけないまま戻ろうとすると、


「わっ!」


躓いてまた倒れそうになったが、ガシッと腕を掴まれたおかげで、今度は無事に済んだ。


「……心配だから、玄関まで連れて行くよ」

「ううっ、申し訳ない……」


そのまま腕を引かれながら、雨宮くんの後ろについていく。


(……そういえば、目について何も聞かれてないな)


私としては、このままスルーしてもらった方が願ったり叶ったりなのだが。



玄関までたどり着いた雨宮くんが、インターホンを鳴らす。


しばらくすると、「はーい」という声が聞こえ、ドアが開いた。


「どちら様……?あらあら素敵な殿方ねぇ……と、後ろにいるのは……って、夏芽じゃない!」

「お母さん……」


母の出迎えに、苦笑いで応じることしかできなかった。


「まあ、こんなにびしょ濡れになって……!何があったの?」

「いやぁ、雪で足を滑らせちゃって」

「そうだったの……怪我はない?風邪引くといけないから、すぐお風呂に入りなさい」


「はーい」と返事をして、何事もなかったかのように中に入ろうとしたが、


「……で、そちらの方は?もしかして、夏芽の彼氏?」


ニヤリと悪い顔つきでからかってきた。


「かっ……!?そんなんじゃないよ!学校の同級生!」


懸命に説明を試みるも、「ふ〜ん」「そうなの〜」と、軽くあしらわれてしまう。


そんな中、雨宮くんが一歩前に出ると、


「ご挨拶が遅れました。僕は、彼女と同じ生徒会に所属している、雨宮冬貴と申します」


母に自己紹介し、軽く会釈をした。


「夏芽の母です〜いつも娘がお世話になっています」

「いえいえ。僕の方こそ、いつも彼女には助けられていますから」


当の本人をよそに、にこやかに会話が繰り広げられていく。


母は、チラリと私の手に握られたメガネを見ると、


「もしかして、メガネが壊れて目が見えなくなってしまった夏芽を、貴方が介抱してくださったの?」

「えぇ、まあ」


……確かに、間違ってはない、けど。


「まあ!そうだったの!ありがとねぇ。この子、視力かなり悪いから……そういうことなら、何かお礼しないと……そうだ!」


閃いた!という顔をした母に、嫌な予感しかしない。


「冬貴くん、だっけ?この後時間あるかな?」

「そうですね……まあ、あとは家に帰るだけなので」

「それなら、うちでご飯食べていきなよ!」

「ちょっ、お母さん!」


嫌な予感というものは、どうしてこうも当たってしまうのだろう。


(お願い!雨宮くん。どうか断って……!)


心の中で必死に祈る。


「有り難いお誘いなのですが、僕が入るとご迷惑になるのでは……?」


その反応に、よっしゃ!と小さくガッツポーズをキメたのだが、


「そんなことないわよ!娘の恩人だもの。夏芽も、誕生日は大勢で祝った方が楽しいと思わない?」

「えっ!?」


急に話を振られ、ビクッと肩が跳ねた。


「そうよね?」


母は顔こそ笑っていたものの、その目からはかなりの圧力を感じた。


(この目には……逆らえない)


母は、強かった。


諦めた私は、


「うん。楽しい、と思います……」


と答えるしか選択肢がなかった。



「ささ、上がって上がって!」


と、雨宮くんを半ば無理やり家に上げた母は、戸惑う雨宮くんをリビングに案内した後、大層ご機嫌に鼻歌を歌いながらキッチンへと戻っていった。



(あぁ、一体どうしてこんなことに……)



数分前の、滑って転んだ自分を恨みつつ、私は何度も溜息をつきながらとぼとぼとお風呂へと向かった。


~~~~~


風呂から上がった後も、まあ大変だった。


母は、雨宮くんから学校での私について根掘り葉掘り聞き出そうとしたり。


仕事から帰ってきた父は、案の定雨宮くんを私の彼氏だと勘違いして、気絶しそうになったり。


場を収めるのに、かなりの労力を使ったと思う。


ただ、


「夏芽が、春斗くん以外の子を家に連れてきたの初めてだから、つい嬉しくて」


と言っていた母の喜びに満ち溢れた顔を、私は生涯忘れることはないだろう。

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