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陽向の手から、熱がじわじわと伝わり広がっていく。
(……熱い、な。それに、微かに鼓動も感じる……)
トクトクと脈打つ波から、陽向の想いも一緒に流れてくるような感覚。
その波は私の鼓動と混ざり合い、今聴こえているのはどちらの心臓の音なのか、段々わからなくなってくる。
「あ、あの、陽向、」
この状況にいたたまれなくなってきた私は、思わず音を上げた。
「その……私のことを、『白雪夏芽』として見てくれてる。っていうのはわかったから……手、手を、」
「手?……ってうわ!?ごめん!」
バッと陽向の手が離れ、私も咄嗟に自身の手を後ろに引っ込める。
手は離れたものの、まだ体温は高いままだ。
熱が冷める前に、と、私はすうっと大きく息を吸って陽向に告げた。
「陽向が、私に『前世』のことを話してくれたように……私も、その誠意に応えたい」
すると、それまで百面相していた陽向がハッと我に返り、こちらに振り向いた。
「陽向がさっき言ってた通り……私も、『前世』の記憶を取り戻してる」
「……」
真剣な表情で見つめてくる陽向に応じるべく、視線を交わす。
「だから、私も話すよ。……『前世』のことを」
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最初に『前世』の記憶を取り戻した経緯についてざっくりと説明した後、『前世』で何があったのかを語った。
幼少期の過ごし方。
レイン王子との関係性。
……嫉妬に塗れ、暴言を口走ったあの事件についても。
『氷の魔女』として生きていた頃について、思い出した分はなるべく包み隠さずに話したつもりだ。
私が話している間、陽向は嫌な顔ひとつせずに、時折頷いたり相槌を打ったりしながら聞いてくれた。
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全てを話し終えると、
「……いろいろ、大変だったんだな」
陽向が、重く呟いた。
「……まあ、特に後悔とかもしてないし!正直、今の人生の方がのびのび自由に過ごせてるから楽しいんだ〜」
すっかり暗くなってしまった空気を振り払うように、大きく伸びをした。
「そっ、か」
そんな私の様子を見た陽向は、ほっと一息ついて安心したようだ。
「……前に、私が『普通』の暮らしがしたい。って陽向に言ったの、覚えてる?」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな。……もしかして、それも『前世』が影響してるのか?」
……さすが、陽向。察しがいい。
「うん。そうだよ。……今も、その思いは変わってない」
「……」
「だから、その……今はまだ、恋愛する気力もなくて……陽向の想いには、すぐには応えられない……です」
しどろもどろになりながらも、なんとかして今の気持ちを伝えようと、ひとつひとつ言葉を紡いだ。
「……そっか。うん。やっぱり、そーだよな」
それまでは私と顔を合わせていた陽向が、そっぽを向いて顔を伏せる。
「……ほんとに、ごめん」
「なんで夏芽が謝るんだよ。……いきなり告って困らせたのは、俺だし」
「そんなこと……!」
ない。と続けようとしたが、それは鼻をすする音によって阻まれた。
「陽向……」
「……悪いけど、今の俺の顔、おまえに見せたくないから、もう帰っていいよ。……こんな遅い時間に呼び出して、悪かったな」
そう言われてふと時計を確認すると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
「親御さんも、心配してるだろ」
「『陽向の家に行ってくる』って言ってきたから、大丈夫かな?と思ったんだけど……」
「ばかだな。……一応、俺は男だぞ?」
「あ……」
「ほらほら、わかったならさっさと帰って寝ろ」
顔は伏せたままで、手をシッシッと振る陽向。
「……うん。そうする」
ベッドから立ち上がった私は、そのまま部屋のドアの前まで進み、ドアノブに手をかけた。
「……今日は、ありがとう」
「……おう」
「あと、球技大会三種目優勝おめでとう。……カッコ、よかったよ」
「!」
ガチャリ、とドアを開けて部屋を出ると、そのまま振り返らずにバタン、とドアを閉めた。
「……はぁ」
足の力が抜けてずるずるとその場に座り込みそうになったが、なんとか力を振り絞って自宅に帰った。
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一方の、陽向は。
「……はー」
さっきまで夏芽が座っていたベッドにゴロンと寝転がった。
「なんだよ、最後のアレ。……反則、だろ」
すでに涙でぐちゃぐちゃになった顔を手で覆うも、頭の中では別のことを考えていた。
(……おそらくだが、副会長はまだ『前世』の記憶が戻ってないように見える。問題は……)
「雨宮、なんだよなー……」
愛想が良さそうに見えるが、腹の中では何を考えているかわからない。そんな印象だった。
「……兄さん」
ぼそっと零した言葉は、誰にも届くことなくベッドの中へと沈んでいった。




