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陽向から飛び出した『前世』という言葉に、私は動揺を隠せずにいた。
「……前、世?」
「ははっ、『何言ってんだこいつ』、って思ったか?」
「……」
「……まあ、驚くのも無理はない、よな」
確かに、驚いてはいる。
……が、かくいう私も『前世』の存在を知っている身だ。
しかも、思い出してから今までずっとひた隠しにしてきたのだ。
そのため、この場合どういう反応をすればいいのかわからなかった。
(なんで陽向が『前世』のことを……?)
まさかバレたのでは?と嫌な想像が頭を過ぎり、額に冷たい汗が流れる。
「とりあえず、だ。……俺には、『前世』の記憶がある。信じてほしい……と言っても、なかなか難しい話だとは思う」
「!」
「今日はそのことについて話そうと思ってたんだ。……長くなるかもしれないが、聞いてほしい」
私は、神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
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俺の前世は、とある国の王子だった。
……まあ、王子とはいっても俺は第2王子だったから、王位継承権は兄の第1王子にあったんだが。
その第1王子はかなり優秀で、周囲からの期待も相当大きかった。
だから、兄が次代の王になるのはほぼ確定だろうと考えていた俺は、兄の陰に隠れるようにひっそりと過ごしていた。
俺は、兄のようにはなれない。そう思っていたのもある。
兄だけ、みんなからもてはやされて。……俺は、毎日が退屈だった。
そんなある日、兄の婚約者だと名乗る令嬢が、城を訪ねてきた。
たまたま近くにいた俺が応対することになったのだが、その令嬢を見て驚いた。
ーー俺は、こいつに関する噂を耳にしたことがある。きらめく銀色の髪に、透き通る雪のような白い肌、そして……全てを見透かされそうな蒼い、瞳。
「間違いない。……彼女こそ、『氷の魔女、スノウホワイト』と呼ばれている令嬢だ。……と、俺は確信した」
(……え?ちょっと待って、それって……)
私は、頭の中で必死に記憶の糸を辿る。
「……話を続けるぞ」
『氷の魔女』が兄の婚約者だと知らなかった俺は、最初は本当かどうか疑っていたのだが、従者に尋ねるとどうやら本当らしいということがわかった。
その時兄は、少し離れた場所で剣の鍛錬をしていたので、俺はそこまで彼女を案内することになった。
ある程度の距離を保ったまま、特に会話をすることもなく歩みを進めていく。
その間の彼女の表情は『無』に等しく、冷酷無慈悲だと言われている理由を垣間見た気がした。
ーー確か、いいところの公爵令嬢だと従者は言っていたな。王子の婚約者としてふさわしい身分かもしれないが……何故、こいつが?
どこかもやもやとした気持ちを抱えながら歩いていると、遠くで鍛錬している兄の姿が目に入った。
ーー……あそこだ。
と、俺が言い終えるよりもはやく、『氷の魔女』は駆け足で兄の方へと向かっていった。
ーー殿下。
軽く息を切らせつつも、兄を呼んだその声は優しさをはらんでいた。
想像していたものとは全く異なる声色に、俺は戸惑うほかなかった。
ーー本当に、『氷の魔女』……なんだよな?
兄と会話している『魔女』の姿を改めて確認すると、
ーーあの、目は。
兄の顔を映した蒼色の瞳は、きらきらと輝いていて。
ーー……先ほどとはまるで別人じゃないか。
だがしかし、瞳以外に大きな表情の変化は見られない。
なので、喜怒哀楽といった感情はわかりづらいのではないか?という印象を受けた。
ーーそれにしても、
……なんて美しい瞳なんだろう。
俺は、輝くその蒼色の瞳に心を奪われた。
と同時に、俺も、あの綺麗な瞳に見つめられたい。と、強く願った。
ーーどうしたら、彼女は俺をあの目で見てくれるんだろうか?
そう考えてふと、気づいた。
瞳が輝いているとき……兄と相対しているときの彼女は『氷の魔女』ではなく、『恋する乙女』なのだ。ということに。
ーー彼女は、兄の婚約者だ。相当特殊なことでも起きない限り、俺にチャンスは巡ってこないだろうな……
なので、この時は諦めざるを得なかった。
その日以来、俺が彼女の応対を任されることはなく、彼女が城にやってくる度に陰からこっそりと見守ることしかできなかった。




