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「……よし」
時刻は夜9時。
私は陽向に指定された時間通りに、陽向の家の前で待機していた。
すると、ガチャリ、と鍵が開く音がして、
「……おー、ちゃんと来てくれたんだな」
「……」
陽向がひょこり、とドアの隙間から顔を出した。
「……まあ、とりあえず中入れよ。外寒いだろ」
「……うん。おじゃま、します」
まだ幼かった頃……小学校低学年くらいまでは、ときどき陽向の家に出入りして一緒に遊んでいたけれど、もう随分久しく訪れていない。
靴を脱いで玄関に上がったものの、あまりにも人の気配を感じられない、しんと静まり返った空間に不安を覚える。
「……そういえば、ご両親は?」
「……今日は、二人とも出張に行ってていない」
「そう、なんだ」
つまり、今この家には陽向と二人きりだということだ。
「……今日話したいことは、誰にも聞かれたくないからな。親がいない今日がチャンスだと思ったんだ」
「え?」
陽向がぼそっと呟いたその言葉に、ますます不安が募る。
(「誰にも聞かれたくない」話、か)
思案しつつ、前を歩く陽向の背中についていくと、やがてとある部屋の前でぴたりと足を止めた。
「ここって……」
そこは、陽向の部屋だった。
陽向がドアを開けると、ふわっと爽やかな香りが鼻をくすぐる。
と同時に、以前と比べて明らかに物が増えたものの、少し昔の面影を残したどこか懐かしさを感じる部屋が目に入った。
「……昔は、よくここでゲームしてたよな」
「そうそう。割といい勝負してたの、覚えてる」
かつては部屋の中央を陣取っていたゲーム機器が、今は隅に寄せられていた。
和気あいあいと過ごしていた当時の記憶が蘇り、先刻まで感じていた不安が少しばかりやわらぐ。
そのおかげか、ピンとはりつめていた空気も若干緩んだ気がした。
「俺はてきとーにその辺座るから、夏芽はあっち使っていいよ」
陽向が指し示した先にはベッドが。
……確かに、そこ以外にちゃんと座れそうな場所はなさそうだ。
「……じゃあ、遠慮なく」
促されるまま、ぽすっと音を立ててベッドに座ると、部屋に入ったときとは違うおひさまの香りに包まれる。
それはまるで、
(……陽向の、におい)
陽向に後ろから抱きしめられているかのような。
慣れない感覚に、なんだか身体がむずむずする。
陽向はというと、私から少し距離を置いた場所に座っていた。
「……で。話、なんだけど」
陽向の目が、私の目を真っ直ぐに見据える。
燃えるような赤い瞳に捉えられ、私は目を逸らすことができなかった。
陽向の口がゆっくりと開いて、
「……俺は、おまえのことが……夏芽のことが、好きだ。……ずっと、昔から」
と告げた。
思ってもみなかった台詞に、思考がフリーズする。
「……」
(陽向が、私を……好き?だって?)
「なんで?」「どうして?」といった疑問で脳内が埋めつくされていく。
そして、みるみるうちに顔の体温が上昇していくのを感じた。
「返事は、急ぐつもりはない。……今はとりあえず、この気持ちを知ってほしかった」
「……」
私も何か言葉を発さないと……という焦燥感に駆られるも、思うように口を動かせない。
「……さて、と。ここからが本題だ」
(……え、待って。まだ続きがあるの……?)
てっきり、先ほどの告白が今日の目的だと思っていた。
(告白よりも大事な「本題」って、一体……)
すると、陽向はさらなる衝撃の言葉を発した。
「なぁ、夏芽……前世って、あると思うか?」
ーー……今日話したいことは、誰にも聞かれたくないからな。
陽向が言っていた、「誰にも聞かれたくない」という意味を、はっきりと理解した瞬間だった。




