第7話◇風呂がないだと?
ギルドから出た俺たちは地図を頼りに歩いたが、ものの数分で目的の「銀の鈴亭」に到着した。
歩いている間、フェンが首輪を見せびらかすように頭を上げて誇らしげに歩いているように見えたが、あえて触れないでおこう。
看板を見ると「銀の鈴亭」という名前の上に星が3つ付いている。
「三ツ星」じゃないかよ!
普通のとこでいいって言ったのに、だが、もう周りは暗く、これから宿屋を探すのも面倒なので、そのまま入る。
「いらっしゃい!」
と威勢のいい声がかけられる。
どうやら、1階は居酒屋を兼ねているようだ。
いわゆる三ツ星ホテル的な豪華さはまったくない。
まあ、平民街だしな。
カウンターまで行くと、ドワーフらしきおかみさんが元気のいい声で、
「泊まりかい?」
「ええ、1泊したいのですが。」
なんせ、明後日からは仕事なので1泊しかできない。
「じゃあ食事付きで銀貨1枚だよ。」
銀貨1枚は確か約1万円だったな。
食事付きなら豪勢というほどでもないか。
袋から銀貨1枚を取り出してカウンターに置く。
「ありがとよ。お湯が必要なら、鉄貨1枚で後で部屋まで持っていくよ。
水浴びしたいなら外にある井戸でしておくれ。」
「お湯?水浴び?」
「お客さん知らないのかい?
身体を拭くためじゃないか。」
ああ、小説やアニメでよくあるやつか。
となると、
「お風呂はないんだね。」
「風呂なんか貴族様のお屋敷ぐらいにしかないよ。
騎士団本部にもあるらしいけど、一般人は入れないね。」
うーん、これは問題だな。
定番の設定ではあるが、小説やアニメなら「クリーン」とかの魔法で代替もできた。
だけど、ここでは無理だからな。
とはいっても風呂は現代人には欠かせない。
特にここでは冒険とかで汚れることも多い。
だからといって宿屋に風呂を置くのもちょっと違う。
そうだ。
平民用の銭湯を作ろう。
明日にでも社長に言っておくか。
「どうするんだい?」
「じゃあお湯を頼むよ。」
「分かったよ。
お金は持っていった子に渡しておくれ。
それじゃあ、これが部屋の鍵だ。
出かける時はここに預けていっておくれよ。
先に食事にするかい?
一度部屋に行ってからにするかい?」
「一度部屋に行って一息ついてからにするよ。あ、こいつフェンって名前の使い魔なんだけど、部屋に入れても大丈夫?」
「ああ、使い魔なら問題ないよ。
部屋も広いしね。
言い遅れたけど、あたしはミラ、うちに泊まってくれてありがとよ。」
「俺はカイ、そしてこいつがさっきも言ったフェン。世話になるよ。」
部屋は2階の奥にあった。
ドアを開けると思ったより広い。
手前に2人掛けぐらいの長椅子が長机を挟んで置かれている。
大きめのクローゼットもあり、開けてみると鍵付きの貴重品入れのような箱が入っていた。
そして部屋の奥には大きめのベッド。
藁ではなく、綿が詰められた布団が木のベッドに敷かれていた。
かなり厚めの布団で気持ちよさそうだ。
同じように綿が詰められた枕と掛布団も置かれている。
ベッド周りの床にはラグも敷かれており、これならフェンも床でもベッドでも寝ることができるだろう。
もしかしたら受付嬢はフェンも一緒に泊まることを考えて、この宿屋を紹介してくれたのかもしれない。
そうだとしたら気が利くことだ。
「フェン、なかなかいい部屋だな。」
「うむ。落ち着けそうだ。それより腹が減ったぞ。」
「じゃあ食事にしますか。」
階下の食堂に降り、ミラさんに、
「食事お願いします。フェンにももらえる?」
「肉だけでいいのかい?」
「フェン、肉だけでいい?」
「構わぬ。」
「肉だけでいいです。」
「なら追加で鉄貨5枚でいいよ。」
「お願いします。」
しばらくして料理が運ばれてきた。
よく分からない肉や野菜がたくさん入っている煮込みみたいなものと、焼いた肉、パンがいくつか。
そして木のジョッキに入ったビール。
あ、ここではエールか。
フェンには骨付きの大きな肉のかたまりと水。早速食べてみる。
「うん、うまい!」
牛肉ではないかな。
おそらく羊肉だろうか。
野性味が若干感じられるところが異世界を思わせてくれる。
フェンはどうかな。
「ガツ、ガツ、ガツ」一心不乱に食べている。
どうやら気に入ったようだ。
食べ終えて自室に戻る。
「いやー、食った、食った。美味かったな、フェン。」
「まあ、あんなものだろう。」
いやいや、あれだけ食っておきながら言うセリフか?
「コン、コン」と誰かがドアをノックする。
そして、
「お湯をお持ちしましたー!」
と子供の声。
ドアを開けると湯を張った大きなたらいとタオルを持った小さな女の子が立っていた。
慌てて、たらいとタオルを受け取り、
「ありがとう。君は?」
「ネラです!」
「ミラさんの娘さんかな?」
「はい!」
小柄なので正確には分からないが、まだ幼いことは間違いない。
鉄貨数枚を渡すと、
「1枚でいいんです。」
「じゃあ残りはお駄賃だ。」
「ありがとうございます!」
と去っていった。
「なかなか気前がいいじゃないか。」
「いや、数百円だよ。」
「金の大小ではない。気持ちの問題だ。」
こいつ時々いいこというんだよな。
上半身裸になり、タオルを湯に浸し、固く絞ってから身体を拭いていく。
「フフ、脱ぐとさすがにジジィだな。」
前言撤回!
「気にしてること言うなよ!」
「歳をとるのは怖いものだな。」
「ほっといてくれ!」
とっとと終わらせて着替える。
「明日は早いからもう寝よう。
夕方には戻らなきゃならないからな。」
「戻るのか?」
「俺も仕事があるんだよ。また来週来るからさ。」
「そうか。」
そして布団に入る。
フェンはベッドの横のラグに横たわる。
それからしばらくして、
「フェン、寝たか?」
「いや。」
「そうか。」
と俺は誰ともなく話し始めた。
「最初はさ、俺の夢を誰かに聞いてもらいたかっただけだったんだ。
それが、あれよあれよという間にこんな大プロジェクトになっちゃって、俺もいつの間にか深く関わるようになってしまった。」
「...」
「具体的になっていくにつれて、本当にこれで大丈夫なのか?
俺の独りよがりなんじゃないだろうかと不安が次々に浮かんでくるんだ。」
「お主が悩むことでもあるまい。」
「だけどそのせいで、あんなにボロボロになるまで技術者集団を働かせている。
これじゃあブラック企業の親玉だよな。」
「やつらは働かされているなどとは思っておらん。
むしろ、やりがいを感じておる。
お主の夢物語がいまや、やつらの夢となっておる。
お主はやつらにとって夢を与えてくれる存在なのだ。」
「...フェン。」
「それにな、カイ。」
「ん?」
「お主が夢を追い続けてくれたおかげで我が存在している。
我は生こそ持たぬが感情は持っておる。
お主には感謝しておるよ。」
「...そうか。」
そうして夜は静かに更けていった。




