第20話。名湯、湯けむりサスペンス?温泉旅行でのんびりフリーズ。
第20話:名湯・湯けむりサスペンス? 温泉旅行でのんびりフリーズ
「あ〜〜〜〜、極楽、極楽……。骨の髄まで洗濯されるようだねぇ……」
10月の週末。拓海、時次郎、そしてサクラの3人は、山奥にある名湯「湯けむり温泉」へと一泊旅行に来ていた。
今回はアイリスも「スマートウォッチの完全防水テスト」という名目で同行し、時次郎と一緒に男湯の露天風呂に浸かっている。
目の前に広がるのは、満天の星空と、かすかに色づき始めた山々のシルエット。
最高の癒やし空間だ。
「おい時さん、気持ちいいのは分かるけど、そろそろ上がらないと湯あたりするぞ」
「ノンノン、拓海。温泉ってのはね、体の芯まで『時のネジ』を温めるものなんだよ。ほら、アイリスも気持ちよさそうにしてる」
「私はAIですので快感は感知しませんが、バッテリーの作動効率は良好です」
とアイリス。
だが、のんびりしすぎたのが災いした。
温泉の心地よい温かさにより、時次郎の全身の筋肉が「完全弛緩モード」に突入。
それに伴い、体内の消化エネルギーも、凄まじいスピードで温泉の中に溶け出してしまったのだ。
ギュルルルルルルルウウウウウッ!!!
静かな露天風呂に、湯気をも吹き飛ばす大音響が鳴り響く。
「あ」
「おい、このシチュエーションでそれは——」
――ピシィィィン。
温泉街全体に、完全なる静寂が訪れた。
夜空を流れる星も、湯口から注がれる温泉の水滴も、すべてが空中でピタッと静止する。
「お、おじさん! 今回はまずいです! 温泉の湯気が静止した空間に固定され、視界がゼロになります!」
とアイリス。
「げほっ、げほっ! 霧が濃すぎて前が見えん! 時さん、早く解除してくれ!」
拓海は湯船の中で叫んだが、時次郎は温泉に肩まで浸かったまま、顔をセピア色にしてカチコチに固まっていた。
しかも悪いことに、時間が止まったせいで、温泉の温度が『1秒でマイナス10度』のペースで急激に低下し始めたのだ。
「マスター! 時間が止まった液体は熱の移動を行いません! このままでは露天風呂が丸ごと『巨大な氷のブロック』になり、我々は氷漬けになります!」
、「温泉で凍死するとか、どんなサスペンスだよ!! 飯、飯はどこだ!」
湯船の周囲は、ただの岩と木。食べ物などあるはずがない。
だが、拓海は温泉のフチに置かれていた、宿のサービスである『冷やし温泉ラムネ』のビンを発見した。
「アイリス、ラムネのビンを叩き割れ!」
「了解。スマートウォッチの振動モーターを最大出力にします。チェストォォ!!」
アイリスがビンの底に体当たりし、ガシャン!とガラスが割れた。
時間が止まっているため、中のラムネの液体と、丸いガラス玉(ラムネ玉)が空中にビー玉のように綺麗に整列して静止する。
拓海は湯船から飛び起き、凍りつき始めた温泉をラッセル車のように掻き分けながら、空中に浮かぶラムネの液体の塊(炭酸ガス入り)を両手でシュウマイのように丸めて掴んだ。
「時さん! 炭酸の刺激で目を覚ませ!!」
拓海はラムネの液体球を、時次郎の口の中へ力いっぱい叩き込んだ!
シュワァァァァッッ!!!
「ブッハァァァ!! 炭酸が鼻に抜けるーーーっ!!」
強烈な炭酸の刺激で脳のネジが跳ね上がった時次郎が、慌てて指を鳴らす。
カチ、カチ、カチ!
湯気が再びゆらゆらと動き出し、温泉に心地よい熱さが戻ってきた。
「ふぅ……死ぬかと思った……。もう絶対に温泉でのんびりしないでくれ……」
「ごめんごめん、でも炭酸のおかげで血行が良くなって、さらにポカポカだよ!」
と笑う時次郎。
翌朝、サクラから
「夕べ、男湯の方から『チェストォォ!』って女の子の声が聞こえた気がしたんだけど、気のせい?」と聞かれ、拓海は激しく目をそらすのだった。




