第111話「司令塔」
「……ん」
「どうされました? ジルさん」
本陣の天幕で、魔王城内部の座標解析を続けていたジルが、ふいに微かな声を漏らした。
彼の横で様子を見守っていた皇女デミトアが、ジルの眉間に寄った深い皺に気付いて顔を覗き込む。
「今、四天王アンチ*イータフォースの反応が完全に消滅した。だが、それと同時に、カノン以外の三人の生体反応の動きが止まった」
「えっ……カノンさんは……?」
「それがだな……一人で最上階に向かっている」
ジルの言葉に、デミトアは口元を覆い、首を傾げた。
「……私の記憶違いでなければよろしいのですが、最上階では現在、魔王と勇者様が交戦中の……いや、彼一人で攻略する手はずのはずですが」
「ああ」
「……」
「……」
二人の間に、何とも言えない沈黙が落ちる。
デミトアが、困惑した様子で恐る恐る訊ねた。
「作戦の説明に、何か齟齬は……?」
「無かったはずだ。ポラリスの奴が、俺が説明した通り、一言一句違わず奴らに伝達しているのを確認している」
「……」
「……」
再び沈黙。命令違反、あるいは単独行動。軍律に照らし合わせれば由々しき事態だ。
「それ、ちょっと不味くないすか?」
後ろからひょっこりと顔を出したのは、冒険者ギルド代表代理のクウだった。
彼は腕を組み、真剣な表情で言葉を続ける。
「なんか、ヤな予感がするんすよ。召喚前、カノン・サウクは確かに勇者の名前を知ってたっす」
「実は……俺は勇者の世界に逆召喚で飛んできたんだが、その短い時間の中で、勇者と親しげにしている少女の姿を見た。カノンにそっくりな容姿のな」
「つまり、魔族であるカノン・サウクと、異世界の勇者アズマ=ヒツキは、何らかの交友関係……あるいは因縁があるってことっすか?」
「だろうな。……まったく、強情な奴だ。おとなしく寝ていればいいものを」
ジルは呆れたようにため息をついた。
「良かったら、己等が見てきてもいいっすよ。こう見えても、そこそこ強いんすから」
クウが腰の短剣をポンポンと叩いて提案する。だが、ジルは手でそれを制した。
「気持ちは受け取っておこう。だが、不要だ」
「いいんすか?」
「勇者には『一人で倒せ』とテスト課題を与えたが、まぁ……生徒の身内贔屓だ。”補助”は見逃してやるつもりだ」
「へぇ。……じゃあ、もし”時間切れ”になったらどうなるっす?」
「……即時回収、零点で不合格だ」
ジルが冷淡に言い切ると、クウは肩をすくめた。
「冷たいっすねー、相変わらず」
「お前が議論会の時に言ったんだろ」
「そういえばそうだったっす。あはは!」
「あのなぁ……」
本陣の張り詰めた空気の中で、ジルの呆れ声とクウの呑気な笑い声が少しだけ響いた。
◇◆◇
——魔王城、最上階への大階段。
本陣でのやり取りなど知る由もなく、カノンは石造りの長い階段を一段飛ばしで駆け上がっていた。
息は上がっていない。バグが消え、二百年分の疲労すらもリセットされたかのように、彼女の身体は羽根のように軽かった。
(アズキ……もうすぐ、会える!)
そして、カノンが最後の階段を上り切り、重厚な扉を蹴り開けたその瞬間。
パンッ! ダダダダッ!!
鼓膜を劈くような、連続した激しい弾丸の発射音が、広大な玉座の間から彼女の耳に飛び込んできた。
だが奇妙なことに、彼女が部屋に入った途端——。




