第110話「太陽フレア」
「『あさきゆめみし ゑひもせす』」
アークの口から、システムの強制による最後の詠唱が紡がれる。
途端に、部屋中に致死量の雷魔法の攻撃が暴走するように飛び回った。だが、それと同時に——部屋の中央、かつてガラスの箱が置かれていた空中の座標に、超高熱の『プラズマ』が発生し、輝き始めたのだ。
アンチ*イータフォースが詠唱を強制したはずなのに、何故、本来の雷ではなくこのような現象が起きているのか。
アークの魔法の性質が変異した原理は、かつてメリアー諸島でギデオンが口にした言葉にヒントがあった。
『あれは”霊這堂”ネロの意思が介入し、吾輩の術式が歪められた結果なのだ』
強固な術式であっても、そこに『他者の強力な意思』が介入すれば、魔法はその性質を大きく変える。
それを目の前で聞いていたカノンは、確信めいてアークに呼びかけたのだ。寄生する機械の命令を上書きするほどの強いイメージ——『太陽』を思い浮かべるように、と。
「スズナちゃん、アークを手伝ってあげて!」
「……分かった」
カノンの指示に、覚醒状態のスズナが応える。
プラズマが発生している全く同じ空間の座標に、スズナが強大な『狐火』を灯した。すると、暴走して部屋中を飛び回っていた電雷が、まるで磁石に引き寄せられるように、その炎の球体めがけて収束し始めたのだ。
「へえ……カノンってば、凄いね」
凄まじい熱量を発する擬似太陽を見上げながら、ポラリスが感嘆の声を漏らした。
「魔法の性質を意思で捻じ曲げるなんて、せんせーでも思い付かないアプローチじゃないかな」
「ありがと! でも、お楽しみはこれから!」
「うん?」
カノンがニヤリと笑う。
多重詠唱によって巨大な電力が無差別に放たれたこの部屋には今、バラバラで不安定な磁界がいくつも点在している。
そんな劣悪な環境下で、微弱であっても、プラズマと炎と電気の高密度融合体である『擬似的な太陽』を作り出してしまえば、何が起こるか。
——太陽フレアによる、強烈な磁気嵐、電磁パルスの発生だ。
「いけぇっ!!」
カノンの叫びと共に、限界まで圧縮された擬似太陽が限界を迎え、弾けた。
ドォオオンッ!!
鼓膜を破るような爆発音と共に、目も眩むような閃光と見えない電磁波の津波が部屋中を駆け抜けた。
カノンたちは物理的な衝撃波に吹き飛ばされ、床を転がる。
そして——その爆発の直後、精密な機械システムに致命的な異変が起こった。
「がはっ……!」
アークが大きく仰け反り、その頭部から、強引に弾き出されるようにして『あの銀色の立方体』が姿を現した。
『緊急事態発生—内容:不明』
空中に放り出された立方体から、激しいノイズ混じりの音声が漏れる。表面の電子回路はショートし、黒焦げになって火花を散らしていた。
『対処選定—結果:不可能……』
それが、四天王最強と謳われた演算機械が発した、最後の音声だった。
プツン、と一切の光を失い、ただの不恰好な金属片と化したアンチ*イータフォースは、ガランと甲高い音を立てて冷たい床に落下し、完全にその機能を停止した。
「……やっと、ですね」
アークが荒い息を吐きながら、安堵の笑みを浮かべる。
「ふふっ。あいつが詠唱してた通り、浅い夢に沈んでったみたいだね」
ポラリスも羽をしまい、座り込んだ。
「……スズナも、もう、あうと……」
狐の耳と尻尾がパフッと元通りになったスズナが、バタリと仰向けに倒れる。
限界を超えた魔力操作と精神的な疲労により、アーク、ポラリス、スズナの三人は、その場に折り重なるようにして倒れ込んでしまった。
「みんな、お疲れ様」
カノンは立ち上がり、服の埃を払いながら三人の顔を見て優しく微笑んだ。魔力を使えず、強靭な魔族の肉体を持つ彼女だけが、まだ余力を残している。
「……あたしは、まだ元気かも。ごめん、ちょっと先を見てくる」
スースーと寝息を立て始めた仲間たちを残し、カノンは魔王城のさらに上の階——あの幼馴染がいるはずの場所へと向けて、一人駆け出した。




